#456 変わらぬ先生

ちいさな物語

うちの担任のことを話そうか。

ぱっと見は二十代後半、生徒にも人気の若い先生だ。笑顔も明るく、授業もわかりやすい。女子は「イケメン」って騒ぎ、男子も気さくに話せる。まあ、完璧すぎるくらいの先生なんだよ。

だけどある日、高齢の先生にぽろっと言われたんだ。

「君たちの担任の先生……わしが子どもの頃から、この学校におるぞ」

冗談かと思った。

だってそのおじいちゃん先生はもう定年を超えてたんだ。当時はよくわからなかったけど、嘱託の先生だった。

もし本当なら、少なく見積もっても五十年近く前から姿が変わってないってことになる。

でも気になったんだ。それって何かの勘違いじゃないかな。あり得なさすぎる。

図書室には歴代の卒業アルバムが並んでいる。

最近は個人情報の観点から、司書さんにお願いしないと閲覧はできないし、昔のものは生徒の住所や電話番号が入っているので、そこにはシートが貼られている。

当時の俺は好奇心に負けて、学校の歴史を調べると嘘を言って、友達と一緒に古いアルバムを片っ端からめくっていった。

そして見つけたんだ。

昭和初期のアルバムの片隅に、担任そっくりの若い教師が写っていた。いや、そっくりなんてもんじゃない。同じ顔、同じ笑顔のつくり方……。

ページをさらに遡る。大正時代のアルバムにもいた。戦前の集合写真にもいた。

――全部、今と同じ姿で。

背筋が凍った。

「これ、どう考えてもおかしいだろ……」

「先生のおじいちゃんとかじゃないの?」

そう言いながらも友達も青ざめていた。

そのとき思い出したんだ。去年卒業した先輩も言ってた。「うちの担任、年取らないぞ。俺の兄貴が在学してた頃から全然変わってない」って。

聞いたときはただ若々しい先生なのかなくらいに思っていた。大人の年齢のことはあまりピンとこなかったし。でも本当に文字通りの意味だったのか。

その日から、俺は先生の行動を観察するようになった。

別段、変わったところはなかったが、疑ってかかるとちょっとしたことが気になってくる。

授業中のちょっとした発言、「電気が普及したときは本当にびっくりしたよ」とか、「汽車で旅をしたときに……」とか。

みんな冗談だと思って笑ってたけど、もしかしたら本当なのかもしれない。

一番ぞっとしたのは、夜の校舎でのことだ。部活の帰りに荷物を忘れて戻ったとき、音楽室からピアノが聞こえた。

覗いてみると、先生がピアノを弾いていた。涙を流しながら、誰もいない音楽室で。

とても古い曲だった。それを知ったのもかなり後のことなんだけど。

俺は息を殺して逃げた。

それ以来、先生に普通に話しかけられると、心のどこかで恐怖を感じるようになった。

この人は人間じゃなくて、何かこの学校でよくないことをたくらんでいるんじゃないかってね。

だけど時間が経つとやっぱり先生はいい人なんだって、嫌でも気づいてしまうんだ。本当に生徒思いで、相談にも乗ってくれるし、叱るときはきちんと理由を説明して叱ってくれる。

それでも気になる。

「先生って……何者なんですか?」

思い切って放課後に問いかけたことがある。先生は笑って、「君の先生だよ」と答えた。

だけどその目の奥には、何か説明ができない複雑な光が宿っていたんだ。

俺はもう先生にまつわる不思議なことを全部忘れることにした。俺にとってはすごくいい先生で、この学校で悪いことは何も起こっていない。それがすべてだろ?

――でも、先生はいつまでこの学校にいるんだろうな。

きっと俺が卒業しても、そのまた次の世代も、その次の世代も、同じ姿で黒板の前に立ち続けるんだろう。

そう考えると、やっぱり少し怖いんだけどね。

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