#459 スクランブル交差点のハイタッチ

ちいさな物語

聞いてくれ。渋谷スクランブル交差点で、最近とんでもない現象が起きてるんだ。

俺が最初に見たのは金曜の夜だった。人混みの中、サラリーマンが突然すれ違いざまに若者とハイタッチしたんだよ。「パァン!」っていい音立ててな。で、二人とも満面の笑み。

「え? 知り合い?」って思ったらどうやら違う、赤の他人らしい。その後は特に言葉も交わさず別方向へ歩いて行ったんだ。

「なんだあれ」と思って観察してたら、次から次へと知らない人同士がハイタッチし始める。OLと外国人観光客、学生とおばあちゃん、スーツ姿のおっさんとパンクファッションの兄ちゃん……誰彼構わず「パァン!」「パァン!」。

まるで何かのイベントみたいだった。

俺も流れに逆らえず、隣の人に手を上げられて反射的にハイタッチ。

「パァン!」

――あれ? なんか妙に気持ちいい。知らない人と手のひらを合わせただけなのに、脳内でドーパミンが花火を打ち上げたみたいに弾ける。

その瞬間悟った。「これは危険な文化が芽生えてしまった」と。

翌週、ネットニュースにあがっていた。

「渋谷スクランブル交差点でハイタッチブーム。拒否すると逆に怪訝な目で見られる?」

拒否権なし。全員参加。もうこれは強制イベントだ。

そのうちルールができ始めた。

・赤信号で待機中に右手を準備
・青になった瞬間、対角線にいる相手を狙ってダッシュ&ハイタッチ
・最高に良い音が鳴ったら「ナイス!」と叫ぶこと

……なんだ、この謎ルール。

で、案の定バカが現れる。お互い対岸のカスタネットを持っているヤツとハイタッチする「カスタネッター」、ハイタッチの直後バク宙などのアクロバティックな動きをして再ハイタッチする「ダブルタッチャー」、さらにはハイタッチを実況し始める専門YouTuberまで現れた。

「おっとここでサラリーマン対犬の散歩中の老人のハイタッチ! おおっと犬が引っ張る! あっと、角度がずれて――スカったぁー! これは減点対象だぁ!」

いや減点て何だよ。誰が審査してんだ。新しいルールか?

でもな、一番やばかったのは、深夜に現れた「伝説のハイタッチャー」だ。

全身タイツにサングラス、「ハイタッチ命」って書かれたタスキをかけてて、青信号になった瞬間、交差点中の人全員とハイタッチしていくんだよ。しかも一回もミスらない。正確無比、音も全部「パァン!」って完璧。

その場にいた人間、全員がスタンディングオベーションした。信号が赤に変わるタイミングにぴったりで、まさにハイタッチのために生まれてきたようなやつだった。

今や、渋谷スクランブル交差点は「世界一忙しい横断歩道」じゃなくて「世界一のハイタッチ会場」と呼ばれてる。観光客まで「シブヤ! ハイタッチ!」って大喜び。

……で、何が言いたいかっていうと。

この前、俺がうっかり手を下ろしたまま渡っちゃったんだよ。そしたら向こうから全力で走ってきたハイタッチャーがいて、避けきれずに俺の頬に「パァァン!」。

顔真っ赤、手のひら型に腫れ上がったよ。

次からは俺も交差点に入ったらすぐ右手を掲げることにした。ぱっと見、ハイタッチ相手がいなくても、だ。

いや、それ以前に気乗りしない時は通らないことにした。怪我するからな。

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