俺たちの商店街で「サバイバルゲーム」が始まったのは、文房具店のカミさんが言い出したのがきっかけだった。
「そんな喧嘩するくらいなら、いっそゲームで決めちまいな」
実はうちの商店街は最近派閥争いが激化していた。
二つに割れた派閥――若手派と古参派。駐車場の取り合いからイベントの主導権まで、とにかく揉めてばかりだった。誰もが日々の争いに疲れて、文房具店のカミさんの言葉に異を唱えなかった。何のゲームか知らないが、いっそ決着がつけば楽になれる。
ルールはこうだ。
・三日間のサバイバル。
・武器は各自の店で準備。
・最後まで残った店が所属していた派閥が勝ち。
翌日、商店街は一時休業の貼り紙が張られ――戦場になった。
八百屋は硬い根菜類を投擲、魚屋はカチカチの新巻鮭を両手に構え、花屋は鋭いトゲの付いたつるバラを投げ縄のように振り回している。本屋の俺は鈍器代わりに分厚い辞書を装備した。
奇妙な光景だった。明らかにおかしかったが、引き返すことはできなかった。
――二日目。
さらに様子がおかしくなってきた。戦いがおかしいのではない。いや、戦いもおかしいのだが、そのシステムが突如ゲーム化したのだ。
商店街の通路に「HPゲージ」みたいな光るバーが浮かび上がった。金物屋にタライをぶつけられた八百屋のオヤジの頭上に「−15」と数字が出て消え、HPゲージのようなものが減った。
「え、ちょ、なにこれ……?」
パン屋の若旦那が太くて長いバゲットを振り下ろすと、金物屋の娘の頭に「Critical!!」と文字が表示され、HPゲージが消滅した。金物屋の娘はその場で倒れた。
どよめきが広がった。完全にゲームの世界だ。
「……これ、仕組みは全然わからないけど、本物のゲームみたいじゃないか?」
誰かが震えた声で言った。まさに商店街全体が「バトルステージ」になっていた。
看板の上にはタイマーが点滅し、屋根からはアイテムボックスが落ちてきた。中には見たこともないパッケージの「栄養ドリンク」、「傷薬」、「くくり罠」みたいな謎アイテムが入っている。
俺は混乱しながらも辞書を抱えて走った。
「これ……一体誰が仕組んだんだ?」
ゲームに詳しい雑貨屋の息子が叫んだ。
「こんなシステム、どうやって構築するんだ! これ――最高じゃん!」
とても楽しそうである。
――三日目。
商店街は半壊状態になっていた。店のシャッター前には空のアイテムボックスが積み上がり、道路の一部は回復エリアの光る床に置き換わる。HPがゼロになって倒れた人は、なぜか「GAME OVER」という札を下げられたぬいぐるみに変わっていた。
最後に残ったのは、俺と花屋のおばちゃんだった。俺は若手派、おばちゃんは古参派。したがって、これですべてが決着する。
「さあ、本を構えな!」
おばちゃんは植木鉢をかぶり、つるバラの鞭を握り、血走った目で笑っていた。俺はもう限界だった。勝ち負けなんてどうでもいい。ただ、終わってくれと祈るばかりだった。
明らかに体力の劣るおばちゃんを殴りつけるくらいなら、わざと倒れた方がマシなんじゃないか。
そのとき、一筋の風が吹き抜けた。その瞬間、俺もおばちゃんもその場に倒れる。
鐘が鳴った。
「WINNER ― 文房具店」
アナウンスが響き――世界が崩壊するように消え、いつもの商店街の風景に戻っていた。まるでゲーム世界が場面を転換するような演出だ。足にはビニール紐が引っかかっていた。
見回すと、カミさんが文房具屋の前に立ち、ガッツポーズをしている。どうやら俺とおばちゃんはビニール紐に引っかけられて転ばされたらしい。しかし、人とは思えないスピードだった。
「最初からアタシの勝ちと決まっているのさ」
花屋のおばちゃんと俺は呆然としてその場に転がっていた。一体何のための戦いだったんだ。
商店街は元に戻ったが、ただ一つだけ変わったところがあった。――商店街の真ん中に、大きな「勝者の椅子」が置かれるようになったのだ。
その椅子には文房具店の看板が置かれており、翌年には俺の本屋、その翌年には花屋の看板が置かれることになっている。
要するに、あの戦いで長く勝ち残った者から順番にこの商店街を取り仕切ることに決まったのだ。
その平和的な取り決めのおかげで、「サバイバルゲーム」で負けた派閥も、勝った派閥も、何事もなかったかのように日常に戻ることができた。
よく考えたら、あんな戦いをしなくとも、最初から輪番制にすればよかったのだ。多くの自治体やマンション管理組合もそうしている。
本当に、何だったんだあれは。
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