#462 宇宙人たちの侵略会議

ちいさな物語

あれは、数年前のことだ。

正直、信じてもらえるとは思っていない。けれど、僕はあの日、本当に「宇宙人の侵略会議」を聞いてしまったんだ。

その晩、僕は会社の帰り道、公園のベンチに腰を下ろしてコンビニで買ったコーラを飲んでいた。一人でこうやってくつろぐのが最近のお気に入りだ。

しかし突然、ザザッ、ザザッと頭に直接雑音のようなものが響いた。まるで昔のラジオのチューニングのときのように遠くで声が聞こえてくる。

「……せっかくなので地球語でやります。地球のぉ……えっと、ニホンゴ? ――でやります。さて、第一議題、地球侵略についてである」

驚いて周囲を見回したが、公園には僕以外誰もいなかった。なのに、声は確かに頭に届いていた。体験したことはないがテレパシーというのがしっくりとくる。一体僕の体に何が起こっているんだ。もしかして本当にこれは宇宙人の声なのか。

「地球人の主食は“丸い粉の板”と確認されている」

「ピザのことですか?」

「そう呼ばれているらしい。したがって我々は、まずすべての“丸い粉の板”を三角形に変えることで混乱を与える」

真剣な口調に、思わず吹き出しそうになった。

三角形のピザでも別に構わない。普通にカットしたピザは三角形だし。しかもピザって世界中で主食になっているわけではない。あまりにも地球の解像度が低い。

「しかし司令官、丸いのは完成時で地球人はすでにそれを自ら三角形に切って食べているようです」

その通り。

「なんだとっ? なぜ食べるときに変形させる必要があるんだ? ――では、逆に丸ごと飲み込むようにしてやるのはどうか?」

「……あの歯とかいう部位で咀嚼させずに?」

「うむ。食べ物が通る管を詰まらせて全滅するはずだ。何しろ地球人は食べ物と呼吸を一か所の開口部を使用して行っているようだからな」

ここまで聞いて、僕は膝から崩れ落ちそうになった。最新兵器でも何でもなく、ただピザの食べ方だけを変えさせるだけで、人類を滅ぼそうとしているらしい。事前リサーチがガバガバすぎるのではないか。

「食べ方の変更ですか。人間の脳波は研究済みですので、ほぼすべての人間がリモコンのように操作できるのですが……」

笑いから一転、ゾッとした。そんなことができるなら、そのまま地球を侵略するのは簡単だと思うのだが。回りくどい方法を取る必要があるのだろうか。

こちらの疑問など当然おかまいなしで、会議は続く。

「第二議題。地球人は“水”なる液体に依存している」

あ、水はやばいな。毒にでも変えられたら本当に絶滅する。

「はい。我々の観測でも、水がなければ数日で死滅すると結論が出ています」

「よし。ならば、水のすべてに二酸化炭素を溶け込ませ、やつらが『炭酸』と呼ぶ毒物に変えてやればどうだ? 水の中の酸素を取り込めなくなるのではないか?」

え? 魚の話? 僕ら鰓呼吸してないんですが。そもそも炭酸って毒物だった?

僕は手にしたペットボトルのコーラをまじまじと見た。あまり体によくないかもしれないが、たまに飲む分には「毒」というほどのものではない。しかも、甘味料の入っていないただの炭酸水なら、健康のためにあえて飲んでいる人もいるくらいだ。

「しかし、一部の地球人はそれを嗜好品として飲んでいるのを確認しています」

その通り。

「なんと……! 多少の毒物を体内に入れて遊ぶような連中は我々の中にもいるが、――耐性を持っている可能性もあるな」

炭酸を麻薬みたいなものと勘違いしている?

真剣な議論が交わされる。この宇宙人たちは人類を簡単に滅亡させる力を持っているようだったが、おそらくだがこいつらに滅亡させられることはない。会議の方向が完全に的外れだからだ。

やがて、声はさらにヒートアップしていった。

「第三議題。地球人の通信網を断絶せよ」

それは困る。今や通信はなくてはならないライフラインだ。

「インターネットの遮断ですな」

まずい!

「そうだ。だが普通に切るのではなく、動画の配信を必ず三秒ずつ止めるのだ」

???

「……! なんという精神攻撃!」

「地球人は怒り狂い、互いに争い始めるに違いない」

僕は身震いした。これは、案外効くかもしれないと思ったからだ。動画再生中、いいところで広告が出てくるだけで発狂しそうになる。三秒は鬼畜すぎる。

続いて、議題は服装に移った。

「地球人を支配するには、衣服から攻めるべきだ」

「衣服ですか。具体的には?」

「全員に“靴下片方だけ”を配布する」

「ほぅ、なるほど……!」

「違和感に耐えられず、精神が崩壊する」

会議のメンバーたちは大真面目にうなずいていた。

最後に、ひときわ低い声が響いた。どうやら最高司令官らしい。

「……よろしい。地球侵略計画は、以上の作戦で決定する」

うわ。決定しちゃった。

一同が「了解!」と叫んだ瞬間、頭の中の声はぷつりと消えた。まるで会議室のマイクを切ったかのような感じだった。

公園には静寂が戻る。街灯の下、僕はしばらく呆然と座っていた。

もし本当にあの宇宙人たちが動き出したら――僕らの生活はどうなるんだろう。謎のリモコンでピザを丸ごと食わされ、水道から炭酸が出て、動画配信は切れ切れになり、無駄に靴下が片足だけ支給される。確かに、地味に嫌だ。

けれど、実際は何も起こらなかった。

あの頭の中に声が響いてきたのは確かに不可思議な現象で、宇宙人の存在を信じざるを得なかったが、ピザで窒息したニュースも聞かなければ、動画も普通に視聴できる。

本当になんだったんだろうか。

あれ以来、空を見上げるたびに思うんだ。

――今も、どこかであの変な会議が続いているんじゃないかって。

「よし、次はハンバーガーを上下逆に……!」

そんな声が、また頭に響いてくる気がするんだよ。

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