#468 作られた呪物

ちいさな物語

「なあ、呪いのアイテム作ろうぜ」

昼休み、いきなりそんなことを言い出したのは友人の小田だった。

「……お前、また変な動画でも見たのか?」

「違うって! 『呪物作ってみた』系の動画が流行ってんの! それで俺らもやってみようぜって」

変な動画、見てるじゃねえか。

小田はスマホ画面をこちらに向ける。画面には「※絶対にマネしないでください」とテロップが出ていた。こんなん絶対にマネするやつじゃん。

「呪いの人形とか、鏡とか、血文字とか……そういうの?」

「そうそう! でもそういうのはガチすぎるだろ? もうちょっとゆるいやつ作ろうぜ」

ゆるいやつってなんだよ。中途半端に腰が引けているところがダサい。

ちょうどその時、俺は昼飯に持ってきたカップ焼きそばのお湯を切ろうとしていた。だが、小田がバカなことを言い出すから気がそれて……事件が起きた。

ザバーッ。

「あ゙あ゙っ!!」

熱湯とともに、麺の半分以上がシンクに流れ落ちた――昼メシ、終了のお知らせ。小田は腹を抱えて笑っている。

「ははは! お前、それもう呪いのアイテムだろ!」

その一言がすべての始まりだった。

「よし、決まりだ。これを呪われたカップ焼きそばの容器にしよう」

「ちょっと待て。なんでそうなる」

「昼飯が台無しになった恨みが籠もってる。しかもお前の魂がまだ残ってる。完璧じゃねぇか!」

なぜ俺の魂が焼きそばの容器に……。

しかし小田はノリノリだった。教室の隅でペンを取り出し、容器の裏にこう書き始めた。

「『食を奪われし怨嗟の器』っと」

「字面が無駄にカッコいいな」

さらに、小田はカバンから茶道具なんかが入っていそうな木箱を取り出す。そこへうやうやしく容器を収め紐で蓋を封印。どこからともなくお札のようなシールを取り出してその木箱に貼り付けた。

なぜそんなに本格的なのか。

出来上がったそれは思った以上に不気味だった。小田はなぜかそれを俺のロッカーの上に安置したのだ。

どうして?

三日後。

クラスメイトの一人が言った。

「なあ、最近この教室、変な匂いしない?」

たしかに、焦げたソースのような匂いが漂っていた。でも、まあ、どうせ誰かが変な弁当でも持ってきたのだろうと思っていた。

しかし翌日、理科準備室の方から悲鳴が上がった。

「うわああっ! 湯気が出てる! なにこれ!?」

駆けつけると、理科室のシンクに熱々の縮れ麺が散らばっていた。そしてシンクの横にはあの木箱……。

「おい! この麺どこから出てきたんだ」

「この箱なに?」

俺と小田は顔を見合わせた。

「お前、昨日ロッカーの上に置いてたよな?」

「置いてたよ……誰か持ってきたのか?」

「何のために?」

授業後、俺たちはその木箱の蓋を開けてみた。

中からはふっと、湯切りした麺の独特のにおいが立ち上ってくる。

「……なあ、これ、この間のにおいが残ってるだけだよな」

小田は真顔で聞いてくる。

「当たり前だろ。ただの空容器だぞ」

しかし、その日から、奇妙なことが続いた。

「なあ……俺の弁当、全部焼きそばになってる」

開けると、唐揚げ弁当と書かれた容器の中にぎっしりとソース焼きそばが詰まっている。唐揚げは1つも入っていない。

「作った人が間違えたんだろ」

「購買で見たときは本当に唐揚げ弁当だったんだ」

そして俺にも同じ現象が起こり始めた。

季節の彩り弁当も焼きそば、昔ながらのナポリタン弁当も焼きそば。スタミナカレー弁当も焼きそば、たまごサンドと思ったら焼きそばパン、メロンパンの中から焼きそば。焼きそばだらけ。もちろんちゃんと食べたけど、食べ飽きた。

「もしかして、俺たち呪われたのか?」

「呪いにしては――ゆるくないか?」

決定的だったのは、ある放課後のできごとだ。

部活帰りに校舎の裏を通ると、風に乗って、かすかにあの独特の湯切り麺のにおいを含んだ湯気が漂ってきた。もうそれだけで俺と小田は震えあがる。

見ると――地面の上に、あの木箱が置かれていた。

勝手に蓋がずれていき、中から細い湯気が上がる。そして麺が、にゅるり、にゅるりと生き物のように這い出してきたのだ。

「お、おい小田! どうすんだよ、これ」

「ちょっ……待て、マジでやばくね!?」

麺はもぞもぞと這い出し、俺たちの足元を取り囲んだ。湯気のにおいが強くなり、湯気の中に顔のようなものが浮かび上がり、恨みがましい顔でこちらを睨みつけてくる。

「……おい、小田、蓋! 蓋しめろ」

「はぁ! ムリムリムリムリ!」

「何いってんだ。お前のせいだろうが!」

小田は悲鳴を上げて、その場で失神した。

「お前、ずるいぞ」

仕方なく俺は麺を踏まないように注意しながらそっと木箱の蓋を締めた。這い出していた麺がぶちぶちっとちぎれたが、とりあえず無視。その木箱をゴミ袋に入れて、近所の神社に持ち込んだ。

カップ麺の容器をお祓いしてほしいということがなかなか伝わらず、始終怪訝な顔で対応されたが、とりあえず俺自身をお祓いしてもらうことになり、一安心。バイト代は露と消えた。

「はぁー、とりあえず助かった」

気絶していた小田を放置していたことに気づいたが、もう夜も遅かったので帰ることにした。

翌日、小田はまだチキン南蛮弁当と書かれた焼きそばを食べていた。俺は本物の唐揚げ弁当だ。

「おい。裏切ったな」

「もともとお前が悪いんだよ」

「唐揚げ、一個くれ」

「やだね」

  ※絶対にマネしないでください

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