#469 私は神様

ちいさな物語

最初にその地図を描いたのは、退屈な授業中だった。

私はノートの端に自分だけの地図を描いて遊んでいた。丸い半島、曲がりくねった川、中央に大きな山脈。なんとなく名前もつけた。「レムリア大陸」。それはその時間だけの遊びのはずだった。

でも、次の日、ノートを開いたら昨日と地図の様子が変わっていた。

描いた線の間に、小さな点が増えていた。点のそばには「ソビューレ村」と書かれた文字。自分で書いた覚えはない。

気味が悪くなってページを閉じた。けれど放課後、もう一度開くと、村は二つに増えていた。「カウェレス村」

どうしてこんなことに――気持ち悪いが、この現象に興味があった。空想ごっこも悪くない気がして私は鉛筆を取り出し、川のそばに畑を描き足した。二つの村に平等に二つずつ畑を書いた。

その夜、再びノートを開くと、畑は広がっていた。村も少し大きくなっているようだった。

日が経つにつれ、レムリア大陸は発展を見せていった。村は町になり、町は国となった。
そして――争いが始まった。

『ソビューレは神を冒涜しています』

『我らこそが神の民です』

小さな文字が、ノートの端に書かれ始めた。文字の大きさは発信者によって違うようだ。その発信者は「巫(シャーマン)」と呼ばれている。私――レムリアの神と言葉を交わせるのはその巫(シャーマン)に限られているようだった。そういった内容も巫(シャーマン)から伝えられた。

興味深い内容だったので、私自身も図書館でいろいろと調べてみた。占いや神との対話は古代文明では重要な力であったらしい。

巫(シャーマン)の力が文字の大きさに比例しているのだ。確かに大きな文字は真っ先に目に入る。他にも美しい文字や装飾された文字、濃い文字は目に入る。神に見つけてもらうために巫(シャーマン)たちも工夫を凝らすらしい。

その中に時折あまりにも小さくて肉眼で読めないような文字が混ざっていることがある。それはきっと一般の人たちが全力で祈ったものなのだろうと考え、私はルーペを持ち出して目を凝らしたりした。

『我らの祈りを聞け、主よ。ソビューレの王は堕落しました。国を正すため、山を裂き給え』

私は少し考えた。何だか物言いが気に入らないな。

反対のことをしてやろうと、カウェレスの城の背後の山のあたりを消しゴムで軽くこすった。ただノート上では山がかすれただけだった。しかし、次の日のページにこう書かれていた。

『神よ、怒りをお鎮めください! 山の崩落により城壁に詰めていた兵たちの多くが犠牲になりました。怒りを鎮めていただけるなら、私の娘の命をさしあげます』

私は息を呑んだ。ちょっと消しゴムで消したくらいでたくさん人が亡くなったんだ。

同時に、どこか快感のようなものを覚えた。

この巫(シャーマン)、私のちょっとしたイライラを鎮めるために必死だ。しかし自分の命じゃなくて娘の命を使うなんてますます気に入らない。私を若い女の子が大好きなおじさんだと思っている気がして嫌悪感を覚えた。こっちのことを何も知らないで的外れな祈りばっかり。どうやったらこのイライラが伝わるだろう。

私のしたことで直接人が死ぬと嫌な気分になるので、町がほとんどないカウェレスの南端の川も何本も消した。数日後、一帯の畑はすべて消滅していた。

こうして、私の機嫌を損ねるような巫(シャーマン)がいる国はどんどん傾いていった。逆に強い巫(シャーマン)がいる国は繁栄した。

どうやったのか知らないけれど、私が若い女の子だと見抜いた凄腕の巫(シャーマン)もいた。文字の最後にかわいいイラストが付いていたり、私の体調を気遣ったり、見守ってくれるだけでありがたいと謙虚な姿勢を示したり――それだけで、私は助けてあげたくなり、畑を増やしたり、城を守るように山を生み出したり、平野を広げたり、川を流したりした。

『我らこそが唯一の正しき民なり』

『カウェレスを滅ぼしたまえ』

『ソビューレに疫を』

『カウェレスの雨を止めて、飢えさせたまえ』

私は、気のおもむくままに彼らの願いを叶えたり、無視したり、時には逆のことをして制裁したりした。

私の機嫌をそこねた巫(シャーマン)は処刑され、新しい巫(シャーマン)が現れ――それの繰り返しだった。しばらく無視していると、彼らは沈黙までを「神の怒り」と呼び、勝手に儀式を始めたりした。何をしたって反応が過剰なのだ。

『神の機嫌を取らねばならぬ』

『神は気まぐれだ』

当たり前だよ。こっちは授業の合間とかに片手間で神様やってるんだもん。なんか――面倒くさくなってきちゃったな。

「助けてください」「滅ぼしてください」「祝福をください」こればっかり、もういい加減うるさいよ。

ある日、ひとりの巫(シャーマン)が私にこう言った。

『神よ、もしあなたが我らを見捨てるなら、それもまた神の意志と呼びましょう』

その文字を見て、私は思わず笑ってしまった。そうか。人間は何にでも理由をつけたいんだ。都合よく「試練」だの「裁き」だの言って。

そうだよ。これが私の意思、「もう飽きちゃったからやめる」。

私は鉛筆を置きノートを閉じた。それからもう二度と開かなかった。

何年か経って忘れてしまった頃、引き出しの奥からそのノートを見つけた。ページは黄ばんで、ところどころインクが滲んでいる。

久しぶりに開いてみると、そこには——
静まり返った世界があった。

かつての都市は跡形もなく、森がすべてを覆っていた。祈りも、戦争も、もうどこにもない。

そうか。「神」がいたからあんなことになっていたんだ。

そのとき、ノートの隅に小さな文字がポツリと浮かんだ。

『神よ、光を』

私は誰にともなく首を振ってそっとノートを閉じた。

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