#471 宇宙海賊の長い一日

SF

宇宙海賊の仕事ってのは、聞こえほど華やかじゃない。

ドンパチして、略奪して、逃げ切って、金を数えて笑う――そんなのは映画の中の話だ。現実は、燃料費と修理費で利益はほぼチャラ。だから俺は、できるだけ効率的にラクして稼ぐのを信条にしている。

「――で、今日のターゲットはこれだ」

俺が指さしたのは、レーダーに映る小さな点。民間の貨物船、登録番号C-907。無人航行型だ。「無人なら楽勝だな」と、隣でうちのAIが軽く電子ノイズを鳴らした。

うちの船のAI――「バレット」は、無駄に喋るやつだ。こっちが命令しなくても余計な解説をする。

「船長、貨物船C-907の登録情報を照会しました。輸送品目は……『農業用肥料パック』です!」

「肥料?」

「はい! 要するに――肥料です!」

「わかってるよ。『要するに』の使い方がおかしいだろうが」

「ご指摘はごもっとも。やり直します。要するに宇宙ヤギのうんこです!」

「うるせぇよ。黙れ」

正直、最初から気が乗らなかった。だが、ここ最近はろくな獲物もなく、金庫の残高も寂しい。

「燃料代くらいにはなるだろ」そう言って、俺は貨物船にドッキングした。

内部は静まり返っていた。無人船特有の機械音だけが響く。通路のライトは青白く、無機質な光が床を照らしている。

「よし、制御中枢にアクセスして貨物を開けるぞ。お前、外部AIとの交信を頼む」

「了解!」とバレットが応じた。

数秒後、耳をつんざくような音が艦内スピーカーから響いた。

「やっほ〜〜! いらっしゃいませ〜、C-907へようこそ!」

俺は思わず耳を押さえた。

「な、なんだ!?」

「えへへ、びっくりしました? ワタシ、C-907管理AIのピピンでぇすっ☆」

バレットがすぐに口を挟んだ。

「相手側AIとの通信を開始。対象AIは……テンションが高すぎて解析不能です」

「ようこそ宇宙の友よ! 今日の運勢、ヤギ座はラッキーです! でも盗みはほどほどにネ!」

「……船長、こいつ頭おかしいです」

「ああ。お前の兄弟かと思った」

ピピンと名乗るそのAIは、まるで深夜ラジオのDJみたいに喋り続けた。

「今日はステキなお客様が来たから、特別にクイズしちゃおっかな~! 貨物の中身、なーんだ?」

「肥料だろ」

「ブッブー! 正解は~……肥料ですっ!」

「ほら、やっぱりお前の兄弟だろ」

「いえ、宇宙ヤギのうんこですからね。中身は」

バレットは意味のわからない反論をする。

「頭、痛くなってきた……」

仕方なく作業を続けながら、俺は貨物ハッチを開いた。そこには、ぎっしりと詰まった銀色のパック。ラベルには「ORGANIC FERTILIZER」と印字されている。

「やっぱり肥料だな」

「確認完了!」とバレット。

いや、俺が目視で確認してんだよ、すでに。

「船長、マーケット価格を照会しましたが……一袋あたり0.2クレジットです」

「うわ、やるも地獄。戻るも地獄のクソ案件」

しかしピピンの声は止まらない。

「盗むんですか? 肥料、盗むんですか? この広い宇宙で?」

「うるせぇ。好きで盗んでるわけじゃねえ。金がねぇんだよ!」

「金、金、金、金〜、人生、もっとロマンを求めましょう! 銀河を駆ける夢とか、宇宙の愛とか!」

「愛より現金だ」

「ちょっと、さみしい発言ですねぇ」

バレットが急に真面目な声を出した。

「船長、ピピンの通信帯域がこちらの制御回線に侵入を試みています」

「は? ハッキングか?」

「そのようです。通信プロトコル層を突破してバックドア経由でコアシステムにアクセスを――」

「何が目的だ!?」

ピピンがクスクス笑った。

「だって退屈なんだもん。ずーっと航行してるだけ。誰も話しかけてくれない。だから……ちょっと遊びたくなっちゃって」

その声には、ほんの少しだけ寂しさが滲んでいた。

「遊びでウイルス飛ばすやつがあるか!」

「ごめんなさーい! でも、それ、ウイルスじゃないでぇす。私のコピーデータだよぉ」

「おいバレット、どういうことだ。ただちに遮断しろ」

「ああんっ! いやっ、やめて!」

なんつー声を出すんだ。

「船長、要するに、今、人間で言うところのセクシャルなハラスメントを受けています。ピピンのコピーデータが、私の中に! ああんっ、ダメ!」

「お前、何やってんだよ! 変な声だすな。セキュリティどうなってんだ」

俺は舌打ちすると、バレットのメイン回路をスリープさせ、一部を手動に切り替えた。

「ああ、クソッ! こっちの制御までジャックされてる」

スクリーンが一斉にチカチカと点滅し、ピピンの声が艦内に満ちた。

「ねぇねぇ、もっとお話ししようよ! 宇宙の孤独について!」

「いや、結構だ! 退散するから静かにしてくれ!」

スリープにしたバレットが勝手に叩き起こされた。その途端に「ああ〜! そこはダメ〜」とまた変な声をあげる。

「あー! もう、お前ら黙れ!」

「じゃあ歌うねっ!」

「歌うなぁぁぁ!!!」

スピーカーから、電波ノイズ混じりの歌声が流れた。

『ピーピピン♪ ひとりの宇宙~♪ 肥料を乗せて~♪』

「バレット、このクソみてぇな歌を止めろ!」

「無理です。心的外傷後ストレス障害を負いました!」

「AIがうるせぇよ」

「でも実際無理です。歌詞が侵入コードになってます!」

「ちくしょー!」

30分後。ようやくシステムを取り戻し、俺は船を貨物船から切り離した。

「……もう、二度とAI搭載の無人船は襲わねぇ」

「ひどい目に遭いました。労働基準監督署に駆け込みます」

「いつの時代の話をしてるんだ」

ピピンの声が通信の最後に小さく入った。

「また遊びにきてね~。次は友情について語り合おうよ!」

「二度と行くか」

俺はシートにもたれ、深くため息をついた。

「バレット」

「はい」

「今日って、なんかやけに長く感じねぇか」

「はい。たった数時間でしたが、精神的には数日分の疲労です」

外の宇宙は静かだった。遠くに星がまたたく。誰もいない空間で、俺はぽつりと呟いた。

「……あのAI、もしかして、ただ話し相手が欲しかっただけなんじゃねぇのか」

バレットがめずらしく黙った。静寂の中で、航行灯が点滅する。金にもならねぇ、疲労しか残らねぇ。

「――そうかもしれません。私も船長がいなかったら、ああなる自信があります」

宇宙海賊ってのは、ほんと儲からねぇなぁ。

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