#505 巨人の肩

ちいさな物語

あれはもう十年以上前のことだ。俺とカイルはまだ少年で、夢と好奇心ばかりを追っていた。

村の北の森の奥に、巨大な人の形をした岩があることは、誰もが知っていた。

「巨人の遺骸だ」

「いや、古代の神が化けた石像だ」

「中には財宝がある」

そんな噂ばかりが広まっていたが、誰も確かめに行こうとはしなかった。

巨人は森の木々よりも高く、肩は雲に届くほどだった。けれど俺とカイルは、どうしても見たかった。巨人の肩から見る景色を。

朝靄のなか、二人で出かけた。巨人は近づくほどに不気味だった。岩肌と思っていた表面は、金属のように滑らかで、ひんやりしていた。

胸のあたりに、ひとつの穴が開いていた。両腕をいっぱいに広げたくらいの大きさ。そこから中に入ることができた。

ランプを照らすと、内部はただの洞窟ではなかった。銀色の壁。無数の管。そして、見たこともない歯車のような装置が、静かに並んでいた。

「これ、動くのか?」

カイルが小声で言った。

たしかに、微かな音がした。トクン……トクン……まるで心臓の鼓動のようだった。

俺たちは興奮して、奥へ進んだ。長い廊下を抜けると、巨大な空間に出た。そこには無数の光る球が浮かんでいた。

「なんだろう。ホタルかな」

「わからない。不思議だね」

壁には古い文字が刻まれていたが、読めなかった。

やがて、通路は斜めに上っていった。腕の内部らしい。何層も階段を登り、ようやく巨人の肩に出た。

雲の上に出たような感覚だった。足元で風が渦を巻き、森が遥か下に広がっていた。

「すげぇ……!」

カイルは叫んで両手を広げた。俺も笑った。そのとき、地面がわずかに震えた。

風かと思った。でも違った。震えはだんだん強くなり、金属のきしむ音が響いた。

「なあ、今……こいつ動いたよな?」

「いや……気のせいだろ」

だが、次の瞬間、巨人の肩がぐらりと傾いた。俺たちは尻もちをついた。森の木々がざわめき、鳥たちが一斉に飛び立った。

そして――聞こえた。

ゴオオオ……

低く、地の底から響くような音。それは風ではなく、巨人の息づかいのようだった。

「おい、やばいって! 下りよう!」

カイルが叫んだ。

慌てて中へ戻ると、通路の壁が光り始めていた。球体が脈動し、装置が動き出した。トクン……トクン……という音がどんどん速くなる。

「やっぱり動いてる! 止まらない!」

「出口はどこだ!?」

階段を駆け下りながら、俺は見た。壁に刻まれた文字が、淡く光り始めていた。そのうちのいくつかが、なぜか読めた気がした。

――巨人ヲ眠ラセルナ。

「眠らせるな? 何だそれ……」

外に出たとき、地面が大きく揺れた。森がざわめき、土が盛り上がった。見上げると、巨人の目のあたりがゆっくりと光を帯びていた。

「嘘だろ……!」

巨人が、首をわずかに動かしたのだ。長い年月のあいだ、止まっていたはずのものが。世界そのものが目を覚ましたかのようだった。

森の木々がなぎ倒され、鳥たちが逃げ惑った。俺たちは命からがら森を走り抜けた。

遠くで雷が鳴り、雨が降り始める。巨人は動きを止め、再び静かになった。目の光は消え、森は元通りの静けさを取り戻した。

俺とカイルは、息を切らして見上げた。

「なあ……今の、夢じゃないよな」

「夢ならいいけどな……」

その後、村に戻っても誰も信じなかった。

「風で揺れただけだ」

「お前らの見間違いだ」

「あんなものが動くわけがない」

ついでに勝手に危険なことをしたので、こっぴどく叱られた。

けれど、あの夜から森の音が変わった。風が吹くたびに、低い金属音が響くようになった。まるで息をしているように。

そして、奇妙なことに気づいた。森の木々の向きが、少しずつ変わっている。まるで、巨人がほんのわずかずつ、歩き出しているように。

翌年、カイルが村を出た。

「もう一度、あいつに会いに行ってみる」と言って。それきり戻ってこなかった。

だが夜、風の音を聞くたびに思い出す。あのとき巨人の肩の上で見た景色を。そして、最後に聞こえた声を。

――目ヲ、覚マシテハ、ナラヌ。

今でも時々、夢の中であの音を聞く。トクン……トクン……というあの鼓動を。巨人はまだ、森の奥で生きている。動かぬふりをして、俺たちを見下ろしている。

俺もまたいつか村を出てあいつに会いに行くのだろう。ぼんやりとそんな予感だけがしていた。

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