夜中の二時、眠れなくて動画サイトをだらだら眺めていたんだ。その時、妙に古びたサムネイルが目に入った。
「絶対に見てはいけない映像」
こういう大袈裟なのは大抵釣りだろうって、軽い気持ちで再生したんだよ。
映像は暗く、ノイズだらけだった。
廃屋みたいな廊下が映っていて、水の滴る音だけが響いていた。三十秒ほど、何も動かない。
ただ、画面の奥に違和感があった。そこにピントが合っているということは、そこを見てほしいんだろうか。
一分を過ぎたあたりで、左端で何かが動いた。人影のようにも見えるが、形が定まらない。そいつはふっと奥へ滑っていき、そのまま映像は突然終わった。
再生時間は一分十二秒。コメントもゼロ件。投稿者名は記号の羅列。
気味は悪いし、動画の目的もわからないが、よくある素人動画だろうって、そのときはさして気にしなかった。
異変は翌日からだ。
会社に向かう道で、向こうから妙な歩き方の人影が近づいてきた。ふらふらしながらも、僕の方へ歩いてくる。
すれ違うかと思った瞬間、そいつは角を曲がって消えた。顔は見えなかったが、空気だけがざわついた。
その夜、帰宅すると玄関先で水音がした。
ぽた、ぽた、ぽた。
耳を澄ませると止まる。鍵を開けると何も変わっていない。隣の家の音と聞き間違えたのか。けれど部屋の空気が妙に湿っていた。
少し気味が悪かったが、疲れていたのですぐに寝ることにした。
電気を消すと、また水音がした。今度はすぐそばだ。ぽた、ぽた。枕元から聞こえるような気がして飛び起きたが、電気をつけても何もいない。また気のせいか。漏水でもしていたら面倒なんだが。
次の日の帰り道、昨日と同じ場所で、同じ人影が現れた。今度は顔がちゃんと確認できたが、まるでノイズだらけの画像の中を進んでくるみたいに輪郭が定まらなかった。それを見た瞬間、僕ははっきり思い出した。あの「絶対に見てはいけない映像」の人影と同じ揺れ方だと感じた。
その時から水音がついてくるようになった。ぽた、ぽた、ぽた。振り返ると誰もいない。けれどその瞬間だけ音はぴたりと止む。まるで隠れるみたいに。
家に戻ると、玄関前に水の跡がついていた。まるで水に濡れた靴で歩いた跡みたいに。
怖くて、あの動画をもう一度見た。その時はもう、あの動画が何か関係していると思いこんでしまっていたんだ。
そこにはコメントがひとつ増えていた。
「見た人のところに行くよ」
悪質な冗談だと思った。でも再生時間を見ると、一分十三秒に増えていた。
最後の一秒、ほんの一瞬だけ先日は気づかなかった映像が映っていた。廊下の奥に人影がいる。そしてその廊下が、うちのアパートの廊下に酷似していた。いや、間違いない。うちだ。
ぽた――。
その一滴の水音が僕の最後の記憶だ。



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