#037 焼けないケーキ

ちいさな物語

俺の名前は翔太。普通の会社員だったが、ある日思いつきでYouTubeを始めた。「素人がケーキを焼く」という企画だ。料理経験ゼロの俺が悪戦苦闘する様子がウケるんじゃないか、と思ったわけだ。
 
最初の動画は、予想以上にひどかった。卵を割ろうとしたら勢い余って床に落とし、泡立て器を回せば生地が飛び散り、オーブンに入れる頃にはキッチンが戦場みたいになっていた。コメント欄には「料理じゃなくて事件」「天才的な事故の起こし方」「草」「これもう才能では?」「一生ケーキ完成しない説」なんて書かれていた。
 
人に聞いたところ、いきなり動画を見てもらえること、コメントをもらえること自体が奇跡らしい。一応、ウケてはいるみたいだ。調子に乗った俺は、毎週ケーキ作りに挑戦することにした。季節に合わせてフルーツを用意したり、〇〇の日という言葉を目にするとそれに合わせたケーキを考えたり。だが、何度やっても失敗ばかり。
 
ある日は、水の量を間違えて生地がベタベタに。またある日は、粉砂糖と片栗粉を間違え、謎の弾力を持った「モチケーキ」なる異物を生み出した。
極めつけは、オーブンの温度を確認せず焼いた結果、表面は黒焦げ、中は液状というホラーな代物が完成。ナイフを入れた瞬間にドロリと流れ出した液体を無許可で気持ち悪いGIFに加工したもの(キャプションには「地球外生命体の卵」と書かれていた)がSNSでバズり、加工して拡散したらしき人から謝罪を受けるなどのトラブルも発生した。しかしそのおかげで「元ネタはこれらしい」と、該当の動画の再生数が爆上がりした。
 
そんなこんなで「こいつのせいで地球が温暖化しているのでは」「失敗のバリエーションが天才的」と、なぜか視聴者は増えていった。イジりだけではなく、初心者向けアドバイスや「教えてあげたい」、「料理研究家のA氏とのコラボを」と、比較的やさしいコメント入れてくれる人もいて、他人の世話をやきたい人たちにも刺さっているようだ。
 
確かに視聴者も増やしたかったが、本気でケーキを焼けるようにもなりたかった。だから、ある日、成功するまで撮影を続けると決めた。もちろんその決意表明も動画にして配信した。
 
そして慎重に計量し、ゆっくり混ぜ、温度も二重チェック。焼き上がりを待つ間、カメラに向かって神妙な顔でつぶやいた。
 
「……たぶん、今までで一番ちゃんとしてる」
 
オーブンの扉を開ける。すると——
 
「うわっ!」
 
まさかの大噴火。膨らみすぎた生地が型からあふれ、オーブンの中で溶岩のように広がっていた。これには視聴者も大爆笑。
 
「伝説のケーキ、爆誕」「さっきの真面目な顔なに?」「とんでもないモノを生み出しやがった」「これがダークマターか」「ここまでくると芸術」とコメント欄はお祭り騒ぎだ。
 
結局、まともなケーキはまだ焼けていない。それでも、俺は今日もカメラを回す。「今度こそ成功させるぞ」と言いながら。「しかし」と、心の中でひそかに思う。もしケーキが成功したらきっと視聴者は減ってしまんじゃないかな。

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