私は今日も黙って見つめている。この街の人々の、誰にも知られたくない恥ずかしい瞬間を。
私は、この街の交差点や路地裏、あるいは公園のベンチの脇に突っ立っている「棒」だ。
人間たちは私のことを電信柱だと思い、あるいは街灯だと思い、あるいはただの標識の支柱だと思い込んでいる。
それでいい。彼らが私を無機質な物体だと認識すればするほど、私の楽しみは増える。
人間という生き物は、自分以外の視線がないと確信した瞬間に、その本性をわずかに漏らす。
その「漏れ出したもの」こそが、私の主食であり、この街を動かすエネルギー源でもある。
例えば、昨日の夕暮れ時のことだ。
ピシッとしたスーツを着こなした、いかにも仕事ができそうな紳士が私の横を通り過ぎようとし――立ち止まった。
彼は周囲を素早く、しかしごく自然な動作で確認した。誰も見ていない。そう確信した瞬間、彼は指を鼻の穴の奥深くまで突っ込み、一心不乱に何かを探り当てようとした。
そして、指先に付着した「それ」を、あろうことか私の肌――人間が言うところの支柱の表面――に、こっそりと塗りつけたのだ。
その瞬間、私の内側をえも言われぬ悦びが駆け抜けた。
彼が抱いた微かな背徳感と、「誰にも見られていない」という安堵。その二つが混ざり合った感情は、非常に上質な恥の味がした。私は彼の分泌物を吸収し、それを純粋なエネルギーへと変換する。
またある時は、若い女性が私の影に隠れるようにして立ち止まった。彼女はスマートフォンの画面を覗き込み、顔を真っ赤にしながら、自分が送ったばかりのメッセージを何度も読み返していた。
「好きです、なんて、私、何を言ってるんだろう。死にたい、消えたい」
彼女は小声で呟き、自分の頭を拳でポカポカと叩いた。その、穴があったら入りたいという切実な羞恥心。それは青白く、透き通った甘みを持って私の芯を震わせた。
私はただの「棒」だ。動くことはできないし、声を出すこともできない。しかし、街の至るところに私の仲間がいる。
駅前の広場に立つ時計塔の棒。
住宅街の細い道に立つ進入禁止の看板の棒。
寂れた公園の片隅に刺さっている用途不明の鉄の棒。
私たちはネットワークで繋がっており、街中の「恥」をリアルタイムで集積している。
この街の夜が明るいのは、なぜだか考えたことはあるだろうか。最近の照明技術が向上したから? 節電が進んだから?
それもあるが、実はそれだけではない。
人々が日々、誰にも見られていないと思って垂れ流す「恥」の力を集積する我々の能力の向上だ。
SNSでうっかり誤爆した時のあの冷や汗。
他人の不幸を密かに喜んでしまった時の、あの後ろ暗い優越感。
トイレの鏡で意味もなく変顔をキメてしまった直後の虚しさ。
それらすべてが、地下を走る「恥の配線」を通って、街中全体の灯りとなっている。
最近、私のすぐ隣に新しい「棒」が忽然と現れた。
それはまだ若く、塗装も剥げていない銀色のポールだった。彼は最初、道ゆく人々が落としていく恥をうまく扱えていない様子だった。
「先輩、この街の人間は、どうしてこんなに醜いものを抱えているんでしょうか」
彼は私に通信を送ってきた。
「それが人間というものだ。彼らは清廉潔白であろうとすればするほど、内側に泥を溜め込む。その泥を、私たちが少しずつ吸い上げてやっているのさ。そうしなければ、彼らは自分の恥の重さに耐えられず、破裂してしまうだろうからね」
私は彼に、以前この場所で起きた出来事を教えてやった。
ある男が、道端に落ちていた財布を拾った。彼は一瞬、交番に届けようと足を踏み出したが、すぐに思い直して財布を懐に入れ、足早に去っていった。その時、彼は私のことを一瞥もしなかった。
男はその日の晩、豪華な食事をしたかもしれないが、それ以降、彼の人生には常に「私は盗人だ」という影が付きまとうことになった。
男が私の前を通るたびに、私は彼から溢れ出す濃厚な黒い羞恥心を吸い取った。数日後、男はようやくその重荷から解放された。
それはなぜか? 羞恥が消え、忘れたからだ。
私たちは、街の清掃員でもある。
しかし、最近になって少し困ったことが起きている。人々が「恥」を感じにくくなっているのだ。
自ら進んで自分の恥ずかしい姿を世界中に公開し、それを「コンテンツ」と呼ぶ者たちが現れた。
彼らは、本来なら暗がりに隠しておくべき恥ずかしい行為を白日の下にさらけ出し、注目を集め、あるいはわざと批判を集め、その恥を金銭に代え始めた。
「人間が恥を恥と思わなくなったら、私たちはどうなるんですか?」
若い「棒」が不安そうに尋ねる。
「エネルギーが枯渇する。そうなれば、街は暗くなる。だが、心配はいらない。人間はどれだけ図太くなっても、誰も見ていないところでは、必ず自分だけの恥を育んでいる」
今も私の目の前で、中学生くらいの少年が、誰もいないと思って、憧れのヒーローの決めポーズを練習している。指先の角度にまでこだわり、真剣な表情で腕を振り上げる。
だが、不意に背後で自転車のブレーキ音が響き、少年の体は凍りついた。
通り過ぎる通行人は彼に目もくれないが、少年の心の中では、今、巨大な恥の爆発が起きている。
「……っ!」
少年の顔が耳まで真っ赤に染まる。
その瞬間、私の芯に、これまでになく純度の高い、極上のエネルギーが流れ込んできた。
少年は逃げるように走り去っていった。
私は、彼が残していった芳醇な余韻をゆっくりと咀嚼する。
いいぞ、もっと恥をかけ。もっと自分を情けないと思え。
お前たちのその小さくて醜い自意識が、この街を輝かせ、文明を支えているのだから。
今夜も、街は煌々と輝いている。
人々は明るい通りを歩きながら、自分がどれほど立派で正常な人間であるかを装っている。
だが、君たちの影は、私たちの足元と繋がっている。
君たちがひた隠しにしているその秘密を、私たちはいつでも、おいしくいただく準備ができている。
次に君が、道端に立つ一本の棒と目が合った気がしたなら。それは気のせいではない。我々はいつも黙って君たちを見つめているのだから。


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