#547 足がもつれて魔王城を制圧してしまいました

ちいさな物語

「あ、やべっ」

それが、世界が救われた瞬間に発せられた声だった。

場所は深夜の魔王城の最上階、「玉座の間」。

魔族の皆様がぐっすりとお休みになられている間に、フローリングのワックスがけを終わらせる。それが、派遣清掃員である僕、テンタの任務だった。

ちなみに僕は今、魔界にいるが、一応人間である。家庭の事情で、こういった所で働かざるを得ない身の上だ。そもそも自分に備わっているとある「スキル」により、人間の世界ではうまくいかなかった。

時給はいい。深夜手当もつく。ただ、「命の保証はない」という文言が契約書の隅に極小フォントで書かれている。

命の保証さえあれば、ホワイトな職場と言えなくもないのだが……。

そしてこのとき僕は無駄に調子に乗っていた。

「見てよこの輝き! 鏡面仕上げとはまさにこのこと!」

ツルツルに磨き上げられた黒曜石の床に、自分のぱっとしない顔がくっきりと映っている。ここまでやれるのは自分くらいだろう。

僕はテンションが上がり、モップをギター代わりにエアギターを披露しながら、最後の仕上げとして玉座の前で華麗なターンを決めた――つもりだった。

キュッ。

「あ」

滑った。

物理法則が僕を見放した。体は宙を舞い、手にした「魔界の汚れごっそり取れるクン(業務サイズ・鈍器並みの重量)」が、美しい放物線を描いて玉座の間の奥、魔王様がお休みになっている防音結界の中へ……。

「ぐぇっ!?!?!?」

おかしな呻き声を聞き、あわてて奥へ向かうと、魔王様の口の中にモップの柄がジャストインしていた。

さらに勢い余って、後ろにある「自爆スイッチ(誤作動防止カバーなし)」に後頭部を強打した。

『自爆シークエンス、起動シマス。魔王城、爆発シマス。カウントダウン、3、2、1……』

「え!?」

あわてて逃げようとしたところで、掛けられていた魔王様のローブに絡まってゴロゴロとその場で転がる。

これぞ僕のスキル「ドジ」の真骨頂である。

ドーーーーン!!!!!

こうして、長きにわたる人類と魔族の戦いは、僕の足元の不注意と、魔王城のセキュリティ設計のおかしさによって幕を閉じたのである。

ちなみに僕は意図せず魔王様のローブ(物理、炎、氷、雷、あらゆる状態異常攻撃を無効化)にくるまっていたため、無傷だった。

「まさか、あの『無詠唱・超高速魔法』で魔王の喉を潰し、さらに謎の衝撃波で城を半壊させるとは……!」

瓦礫の山となった城の前で、王国最強の騎士団長が、涙を流して僕の手を握りしめていた。

「い、いや、あれはただ転んだだけで……」

「謙遜するな! 無傷で魔王に打ち勝つ。その神業、まさに伝説の勇者の再来だ!」

騎士団の皆さんが「ウォーッ!」と雄叫びを上げる。

違うんです。僕はただ、魔界で借りていたアパートの敷金が返ってくるか心配している清掃員です。

しかし、誤解は雪だるま式に膨れ上がった。

僕は「デッキブラシの勇者」という、かっこいいのかダサいのか判断に困る二つ名を与えられ、王都へ凱旋することになってしまったのだ。

王都へのパレードは凄まじかった。紙吹雪が舞い、人々が僕の名前を呼ぶ。

「テンター! テンター!」

「デッキブラシの勇者!」

それは恥ずかしいから、やめて。

そして、王城のバルコニー。国王陛下が僕の肩を叩き、満面の笑みで言った。

「誉れ高い勇者テンタよ。そちの功績を称え、何か褒美を取らせよう。金か? 名誉か? それとも王女との結婚か?」

群衆が固唾を飲んで見守る。

僕は震える膝を必死に抑えながら、ふと、ある人物のことを思い出していた。僕をこの状況に追い込んだ元凶。

実の父が亡くなった途端、「あんたみたいに冴えない子は、家の格式を下げるのよ!」と言い放ち、パンツ一丁で僕を家から叩き出した継母だ。

生活費を稼ぐために危険な魔王城バイトなんて始めたのも、全部あの人のせいである。

ふと、貴賓席に目をやると、そこに彼女がいた。招かれたのだろうが、図々しい。だが、顔面は土気色だ。

そりゃそうだ。自分がゴミのように捨てた義理の息子が、勇者と崇められてこの街に戻ってきてしまったのだ。

彼女はガタガタと震えながら、必死に作り笑いを浮かべ、僕に向かって小さく手を振っている。その目は「何も言わないで」と訴えているようだった。

(……これ、復讐のチャンスでは?)

悪魔的な閃きが脳裏をよぎる。

僕はニヤリと笑うと、国王陛下に向き直り、高らかに宣言した。

「陛下! 僕は富も名誉もいりません! ただ一つ、僕の最愛の母に、最高の『親孝行』を捧げたいのです!」

ざわめく群衆。

「なんて親孝行な息子なんだ……!」

感動の涙を流す人々。継母の顔が、「え?」という戸惑いの表情を浮かべる。しかしその中に「もしかして許されるのか」という小狡い笑みが含まれているのを見逃さない。

甘い。甘いよ。あんた、許されるわけないだろう。

僕のスキルは「ドジ」だ。大当たりすれば魔王をも倒す。

このスキル、僕が良かれと思ってやることが、ランダムで裏目に出るという、とんでもスキルだ。

意図的に復讐なんかするより、このスキルを最大限にいかした攻撃をお見舞いするぜ。

「陛下、僕の母は、誰よりも『掃除』を愛する人です。僕が幼い頃から早朝から床を磨かせ、夜は深夜まで窓を拭かせるほど、清掃教育に熱心でした!」

継母の顔が大きく引きつる。ついでに周りはどよめいた。

「え、ちょ、待っ……」

「そこで! この国で最も掃除しがいのある場所の『終身名誉管理責任者』として、母を任命していただけないでしょうか!」

国王陛下は深く頷いた。

「素晴らしい心がけだ! よし、ならば我が国が誇る『王立ドラゴン牧場』の清掃および排泄物処理の全権を、そちの母に委ねよう!」

「ヒィッ!!!」

継母の悲鳴が王都に響き渡った。母には生きがいとなる職場を見つけて欲しいと思っただけだったのだが、僕のスキルによりかなり危険な仕事を任されてしまったらしい。

王立巨大ドラゴン牧場。そこは、体長30メートル級のドラゴンが数百頭飼育されている、国一番の激臭・激務スポットだ。ドラゴンの糞は鉄のように重く、そして唾液は強酸だ。

しかも「終身名誉職」。死ぬまで辞められない。

「母上! よかったですね! あなたが僕に教えてくれた『清掃の喜び』を、一生味わえますよ!」

僕は満面の笑みで、バルコニーから継母に手を振った。彼女は白目を剥いて泡を吹き、その場に崩れ落ちる。

後日談だが、意外と継母は持ち前の根性により、ドラゴン牧場をピカピカに磨き上げ、ドラゴンたちのママと呼ばれているらしい。

結果的に、彼女もまた「ドラゴンの母」として歴史に名を残すことになった。僕のスキルで裏目に出たものが、さらに裏目に出たようだが――まあ、復讐なんて成功しなくても、十分満足できる生活を手に入れた。

僕はといえば、国民の期待に応えるため、今日もまた新たな伝説を作っている。

昨日は、靴に入った小石を取ろうとして、片足立ちをした途端に転んでしまい、偶然太古の遺跡の封印を解いてしまった。

遺跡からは貴重な魔導書や魔法石がザクザク。国王からはまたもや盛大なお褒めの言葉をいただいた。

継母に忌み嫌われた「ドジ」スキルもレベルアップして、ここまでくるとはね。

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