僕はだいたい何でもできた。
剣も振れるし、魔法も使える。地図を読めば迷わないし、罠も見抜ける。料理も、裁縫も、交渉も、計算も、それなり以上にこなせる。
できないことも少しやってみれば、すぐにできるようになった。
ところが彼女は違った。
剣は持てない。魔法も一切使えない。薬の調合も、狩りも、メモも取れない。走るとすぐ転ぶし、地図は上下が逆になる。回復薬の蓋を開けることすらできない。
できることは、ただひとつ。しゃべること。それだけ。
宿屋では初対面の客と即座に打ち解け、酒場では険悪な二人を笑わせ、門番の愚痴を引き出し、玉石混交の情報を山ほど集めてくる。
「でね、その人、ほんとは寂しかったみたい」
彼女はよくそう言った。みんな自分と話をしたがっていたという、都合のいい結論を出すのだ。
理解できなかった。
その発想も、話術も。言葉だけで、どうしてそこまで人の心に入り込めるのか。
僕たちが組んだのは、ギルドの掲示板に貼られた貼り紙がきっかけだった。
《高額賞金あり 灰喰らいの獣討伐》
一人でも倒せそうなターゲットだった。
今思えば、僕がそうしたのも彼女の話術によるものかもしれない。
「灰喰らいかぁ。一回くらい挑んでみたいけど、私じゃ無理かなぁ」
「――よかったら、一緒に行く?」
「え? 本当に! 本当? いいの?」
軽い気持ちで声をかけただけなのに、彼女は金貨でも降ってきたみたいに大はしゃぎだった。そして僕は悪い気がしなかった。
お荷物かと思われた彼女だったが、すぐその場で能力を発揮し始めた。
その貼り紙の前で、ギルドの門番と雑談を始めたのだ。
「あんた、危ないよ?」
門番の方から声をかけてきた。
「見たところレベルも高くないし、この仕事の賞金が高い理由もわかっちゃいないだろ?」
「大丈夫。私、何もできないから。戦うのはこの人」
さっき出会ったばかりの僕を門番の前に押し出した。意味が分からなかった。だが彼女は胸を張っている。
門番はまじまじと僕を見てから、彼女に向き直る。
「ふむ。あんた、うまいことやったな。賞金は山分けかい?」
「そうよ!」
そこまで決めてはいない。
門番からはこの灰喰らいの獣の仕事の賞金が高い理由を教えてもらった。普通なら得られない情報だ。
どうやらただの獣ではないらしい。仕事に失敗して命を落とした冒険者もいる。少し用心した方がよさそうだ。
さらに門番は彼女のことをえらく面白がって、ギルドの耳寄り情報から、うまい飯屋の場所までいろいろと教えてくれた。
旅は順調だった。
道中の野盗は僕が追い払い、野営の準備も僕が整えた。彼女は何もできない。
そしてとうとう被害に遭っていた村に到着した。
しかしギルドに獣の討伐を依頼してきたはずの村人たちは、なぜかあまり多くを語りたがらなかった。
仕方なく当たりをつけて森へと分け入っていく。
彼女は焚き火のそばで、通りすがりの商人と世間話をしていた。
「灰喰らいの獣、村の守り神だったらしいよ」
彼女は少ししょんぼりした様子だった。
「村人たちに裏切られて、追い出されたんだって。だから人間を憎んでいるのよ。もともと神様だったから、すごく強いってさ」
そんな守り神の話、図書館の文献でも見たことがない。
だが、村人の対応が妙に歯切れ悪かった理由は、それで説明がついた。人間側にも後ろ暗いところがあったのだ。
森の奥に近づくにつれ、空気が重くなる。
灰が降っている。
うず高く灰の積もった場所で、獣はくつろいでいる。巨大で、醜い。
こちらを見つけるとすぐに襲いかかってきた。
僕は剣を振るい、魔法で隙を作り、何とか追い詰める。しかし、あと一撃、というところで、彼女が前に立ちふさがった。
「待って」
獣が動きを止めた。僕も剣を止めた。
彼女は獣に近づき、しゃべり始めた。
何を言っているのかわからない。異国の言葉か、歌のようだった。獣はただ黙ってそれを聞き、しんしんと灰を落としていた。
しばらくして彼女は振り返った。
「もう人を殺したりしないって」
「……それ、信じるのか」
「信じるよ。だって、もう……」
彼女がすべてを言い切る前に、獣はその場で崩れ、灰となって消えた。
魔獣を倒したとき落とされる魔核も残らなかった。要するに賞金を得ることはできなかったのだ。賞金は魔核と交換というのが、ギルドの掟だ。
それから、誰も灰喰らいの話はしなくなった。
宿で彼女は笑っていた。
「赤字だったね。でも楽しかったよね」
「あの獣に話した言葉は何だ?」
「神様の言葉。灰喰らいの獣、ほんとは寂しかったんだ」
僕は何も言えなかった。何でもできるはずの僕が、何も解決していない気がしたからだ。ただ戦っただけ。
それから、惰性のように僕たちは一緒に旅を続けている。
賞金を狙っていたのに、賞金を得られなかったことは一度や二度ではなかった。
彼女は相変わらず何もできない。剣も、魔法も、使えないまま。
それでも、行く先々で何かが終わり、何かが始まる。
僕は考える。
何でもできることと、本当に必要なことは、どうやら分けて考えるべきらしい。
その結論にたどり着いたのは、何もできない彼女と旅をしているからだった。



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