#563 夢の途中で

ちいさな物語

最初に気づいたのは、たぶん2月の終わり頃だったと思う。

その日の夢はやけに鮮明だった。それ自体はたまにあることなんだけど、このときはもっとおかしな夢だった。

「遅刻だ!」って大慌てで駅の階段を駆け上がっていく。

でも改札前で定期が見つからない。泣きそうになった。家に戻ったら大学の講義に間に合わない。遅刻したら、必須科目なのに単位が危ない。

どうしようとへたり込みそうになったとき、突然暗転するみたいに視界が黒くなったの。

――で、次の瞬間、白い背景に巨大なペットボトルだけがバシッとすべり込んできた。

見たことがある。新発売の炭酸水だ。

「爽快」という文字がペットボトルの後ろに勢いよくカットインする。バシャッと水しぶきがあがった。

そして、ハキハキした女性のナレーションで、「焦りの喉に、ひと息」。合わせるようにペットボトルの商品名が水しぶきとともにクローズアップする。

……今の何? 急に広告が出た? あれ、これって夢――だっけ?

夢かもしれないと気づいた瞬間、目が覚めた。

起きてからもなんとなく気持ちが悪かった。広告の夢を見るなんて、動画配信の見過ぎなんだろうか。

その週だけで、夢の途中になんと三回も広告が入った。

迷子の夢の途中で地図アプリ。

歯が抜ける夢の途中で歯磨き粉。

車に轢かれそうになる夢の途中でネット保険。

どれも実際にある商品ばかりで、しかも内容が露骨に夢にリンクしてる。検索した言葉に沿った広告が出てくるアルゴリズムみたいで、気持ちが悪い。誰かが夢を監視していて、広告を出しているように感じる。

嫌すぎて、昼休みに友だちの紗季に話したの。

「最近さ, 夢に広告が入るんだよね」

冗談っぽく言ったつもりだった。「何それ〜」と、笑われておしまいになるつもりだったのだけど――紗季は箸を止めて、まっすぐ私を見ている。

「……それ、私も」

その声が真剣すぎて、私も紗季をじっと見つめる。直後、紗季は勢いよく夢の話をし始めた。

紗季の夢は、もっと露骨だったらしい。

好きなアイドルとライブで目が合う、っていう最高の夢のピークで暗転して、アイドルがそのまま「このリップ、マジで盛れる」って言い出したって。それでつい、ドラッグストアでそのリップを買ってしまったらしい。

「ほら、これ」

紗季はピンクがかったシルバーのリップケースを開けて色を見せてくれる。

「え、かわいいじゃん」

「――でしょ?」

買い物自体には満足しているようだが、広告自体は気持ち悪い。

「夢にリンクした広告が出るの、意味分かんない」

私は小声で「それって、いつから?」と、聞いてみた。

「先月の中旬くらいだったと思う」

私よりも少し早いみたいだが、先月くらいから始まったものとみていいだろう。

「ねえ、これって私たちだけ?」

「怖くて他の子には聞けないよ」

その日、私たちは図書室の端っこで、こっそり夢広告研究会みたいなことを始めた。

ノートに、夢の内容と入った広告を書き出す。

商品名、企業名を書き出せば何か共通点が見つかるかもしれない。

「この歯磨き粉のメーカー、大手だよね」

「こっちの地図アプリも」

「炭酸水もよく見るやつだよね」

紗季がペン先で企業名を囲んで言った。

「大手ばっか。個人店とか地元の小さい企業とかのはないね」

「夢の広告枠って高いんだよ、きっと」って私が言うと、紗季はなるほどという顔で頷いた。

「でもさ、誰が広告入れてんの?」

そこが一番怖い。

スマホの広告ならまだ分かる。閲覧履歴とか、位置情報とか。でも夢は、頭の中だ。内容にリンクさせようとしたら頭の中をのぞき込むしかないはずなのだが。

その夜、私たちはわざと実験した。

寝る前に同じホラー動画を見て、怖い気持ちのまま寝た。

結果は案の定、映画のシーンそっくりの暗い廊下を何かから逃げている夢になった。

そして曲がり角で、ぬるっと暗転。

「もしもの備え」

保険の広告。

しかも、夢の中で追ってきていた「何か」が、急に営業マンみたいな笑顔でパンフレットを差し出してきた。

私は叫びそうになった。

「保険は結構です!」って夢の中で叫んだのに、営業マンは笑顔のままパンフレットを差し出した姿勢のままだ。そして無音で字幕だけが出る。

“この広告は10秒後にスキップできます”

大量の寝汗をかいた状態で目が覚めた。

翌日、紗季と話すと概ね同じような夢を見ていた。映画の影響を受けたホラーテイストな夢の途中で、保険の広告。しかも、広告スキップの字幕も見たらしい。

「ねえ、これ、どこか特定の広告代理店の仕業じゃない?」

紗季が言った。

「広告の演出が何か一貫性がある気がする」

私たちは仮説を立てた。

どこかの広告代理店が夢の内容を感知する何らかのシステムを開発した。さらに夢として広告をはさみ込む技術も。

それができれば、後は簡単。高額で広告枠を売りさばけばいい。

「どこの会社か知らないけど、私たちの夢を何だと思ってるの」

私は思い切って、大学のメディア研究の教授に聞いてみた。

もちろん、いきなり「夢に広告が入る」とは言わなかった。さも教授の講義内容に興味があるようなふりをして、「睡眠中の刺激が夢に影響する研究ってありますか。そういうのを広告……っていうか、商業利用するみたいな」って聞いた。

教授は「外部刺激で夢の内容が変わる研究はありますね」と言いながら、ふと真面目な声になった。

「ただ、商業利用の話は聞かない。倫理的に危険すぎる。洗脳されてしまう可能性もあるし、脳にどういった作用があるかまだ完全には解明されていないんだ」

危険?

私と紗季は顔を見合わせる。

その夜、夢の中で私は、知らない会議室に座っていた。

スーツの人たちが、私の前に資料を並べている。

表紙には大きくこう書いてあった。

“Dream Slot Program β”

誰かが言う。

「サブリミナル広告は全面禁止となったが」

別の声が続けた。

「夢の中であればまだ合法的に使える」

また別の声が続けた。

「実験は成果を上げています」

そこまで来て、私はようやく理解した。これはやっぱり、ただの広告じゃないんだ。

「気づかれたところで、証拠は何も残らない」

「何しろ、我々は夢を握っている。毎晩悪夢を見せることだってできるんだ」

そこで、スーツの人たちはいっせいに私を見た。

目が覚めるとぐっしょりと汗をかいていた。

その日、紗季と大学のベンチに集合した。

「私、嫌な夢を見ちゃったんだけど」

紗季の顔色が変わった。

「私も。広告を出しているっぽい人たちにおどされた」

私たちはしばらく黙って歩いていた。

それから紗季がぽつりと言った。

「ねえ、いったん調査は中断しない?」

私は答えられなかった。

「たぶん危ない人たちだよ、あれ」

紗季が重ねて言う。

「……うん、そうだね。でも、私たちみたいに夢に広告を入れられている人って、他にどれくらいいるんだろう」

「騒ぎになってないから、そんなに多くはないのかも」

「何で私たちが……」

「ほんと頭くるよ。せめて広告入らなくできないかな」

「あ……」

私はふっと思いついて鞄からスマホを出した。

「ねぇ、このブラウザを使うと広告が入らないんだよ」

紗季にスマホ画面を見せる。

「ああ、それなら知ってるけど。夢の広告の話だよ?」

「だから、これみたいに外から広告が入らないよう夢のブラウザを外部から切り離しちゃえばいいんだよ」

きょとんとしている紗季に、私は思いついた具体的な方法を説明した。

紗季はかなり嫌そうな顔をしたが、最終的に「仕方ないか」と頷いた。

そして翌朝、私と紗季は「大成功!」と大はしゃぎしていた。

「ごめん、正直意味ないと思ってた!」

「実は私も。うまくいかないかもって……でも、広告入らなかったね」

その日、講義中にちょっとうとうとしてしまった。夢の中では、あのスーツ姿の人たちが、「邪魔をするな」と騒ぎ、私を怒鳴りつけてきた。

でももう、何も怖くない。

私は今夜もアルミホイルを頭に巻いて眠りについた。

そして紗季と調査を継続している。この悪の広告代理店を絶対に許さない。みんなの夢に広告が入り出す前に正体を突き止めて糾弾してやる。

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