「旅人よ、ようこそ。我は時の王——すべての時を統べる者だ」
男は堂々とした立ち姿で、まるで時間そのもののようだった。彼の背後には、異なる時代の景色が幾重にも折り重なっていた。砂漠の遺跡、未来都市、戦国時代の城下町——それらがまるで波のように揺らいでいる。
俺は確か、長い旅の途中だった。どこをどう歩いたのか、この奇妙な空間に迷い込んでしまったらしい。
「……ここは?」
「時の狭間。お前のような旅人が、まれにたどり着く場所だ」
王は静かに言った。
「なるほど……俺は、迷い込んだってことか?」
「いや、お前は導かれたのだ」
王は優雅に手を振る。すると、目の前に小さな光の粒が集まり、一本の古びた砂時計が浮かび上がった。
「これは、お前の時の砂だ」
中には、ゆっくりと砂が落ちている。
「お前の旅は終わりに近づいている」
「えっ。俺は死ぬということ?」
王は重々しくうなずいた。
「だが、選択の余地はある。ここにたどり着いた旅人の特権として認められている」
王は長い指をすっと立てた。
「ひとつ、問いを与えよう」
王は俺をまっすぐに見た。
「——もし、お前が過去にも未来にも行けるとしたら、どちらを選ぶ?」
俺は考え込んだ。これは間違えたら死ぬということか? 正解があるのだろうか。
「正解はない。選択肢に意味はない」
すべてを見透かしたような王の声が響く。何を考えているのかお見通しということか。それなら好きな方を選べばいいわけだ。俺はすっと気持ちが楽になった。
過去に戻れば、やり直せることはたくさんある。後悔したあの瞬間を変えることもできるかもしれない。
未来へ進めば、まだ見ぬ世界が広がっている。しかし、それは未知への飛び込みだ。さて――。
「……未来だ」
俺は確信を込めて答えた。
「それはなぜ?」
「過去に戻れば、確かにいろんなことをやり直せる。でも、それじゃあ、今の俺が歩いてきた旅が無駄になる気がする。だったら、このまま未来へ進みたい」
王は満足そうに頷いた。
「よかろう。お前の選択は、お前のものだ」
彼が手を振ると、砂時計の砂が勢いよく上に向かって流れ出した。
次の瞬間——
目を開けると、俺はまた砂漠をよろよろと歩いていた。ひどく乾いている。ああ、死にかけて白昼夢を見たのかもしれない。
しかし、何かが先ほどまでとは違う。
遠くに町並みが見えていた。自分は砂漠で迷っていたはずだが。あれが蜃気楼でなければ、助かるかもしれない。
ポケットに手を入れると、そこには小さな砂時計があった。砂は上部が満タンになっている。
「……白昼夢、じゃなかったのか」
俺はそれをぎゅっと握りしめ、再び歩き出した。
未来へ向かうために。
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