#050 時の王と旅人

ちいさな物語

「旅人よ、ようこそ。我は時の王——すべての時を統べる者だ」

男は堂々とした立ち姿で、まるで時間そのもののようだった。彼の背後には、異なる時代の景色が幾重にも折り重なっていた。砂漠の遺跡、未来都市、戦国時代の城下町——それらがまるで波のように揺らいでいる。

俺は確か、長い旅の途中だった。どこをどう歩いたのか、この奇妙な空間に迷い込んでしまったらしい。

「……ここは?」

「時の狭間。お前のような旅人が、まれにたどり着く場所だ」

王は静かに言った。

「なるほど……俺は、迷い込んだってことか?」

「いや、お前は導かれたのだ」

王は優雅に手を振る。すると、目の前に小さな光の粒が集まり、一本の古びた砂時計が浮かび上がった。

「これは、お前の時の砂だ」

中には、ゆっくりと砂が落ちている。

「お前の旅は終わりに近づいている」

「えっ。俺は死ぬということ?」

王は重々しくうなずいた。

「だが、選択の余地はある。ここにたどり着いた旅人の特権として認められている」

王は長い指をすっと立てた。

「ひとつ、問いを与えよう」

王は俺をまっすぐに見た。

「——もし、お前が過去にも未来にも行けるとしたら、どちらを選ぶ?」

俺は考え込んだ。これは間違えたら死ぬということか? 正解があるのだろうか。

「正解はない。選択肢に意味はない」

すべてを見透かしたような王の声が響く。何を考えているのかお見通しということか。それなら好きな方を選べばいいわけだ。俺はすっと気持ちが楽になった。

過去に戻れば、やり直せることはたくさんある。後悔したあの瞬間を変えることもできるかもしれない。

未来へ進めば、まだ見ぬ世界が広がっている。しかし、それは未知への飛び込みだ。さて――。

「……未来だ」

俺は確信を込めて答えた。

「それはなぜ?」

「過去に戻れば、確かにいろんなことをやり直せる。でも、それじゃあ、今の俺が歩いてきた旅が無駄になる気がする。だったら、このまま未来へ進みたい」

王は満足そうに頷いた。

「よかろう。お前の選択は、お前のものだ」

彼が手を振ると、砂時計の砂が勢いよく上に向かって流れ出した。

次の瞬間——

目を開けると、俺はまた砂漠をよろよろと歩いていた。ひどく乾いている。ああ、死にかけて白昼夢を見たのかもしれない。

しかし、何かが先ほどまでとは違う。

遠くに町並みが見えていた。自分は砂漠で迷っていたはずだが。あれが蜃気楼でなければ、助かるかもしれない。

ポケットに手を入れると、そこには小さな砂時計があった。砂は上部が満タンになっている。

「……白昼夢、じゃなかったのか」

俺はそれをぎゅっと握りしめ、再び歩き出した。

未来へ向かうために。

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