#057 甘い取引

ちいさな物語

バレンタイン前夜のことだ。

コンビニ帰りの俺は、妙なものを拾った。

小さな包み紙に包まれた、一粒のチョコレート。金色のリボンがついていて、高級そうに見える。

「落とし物か?」

そう思ったが、辺りを見回しても人影はない。もちろん拾って食べようとしたわけじゃない。バレンタイン前夜にこんな大切そうなもの落とすだろうか。なんとなく気になっただけだ。もしかして何かあってここに捨てた?

すると——。

「やっと出番か!」

目の前に、手のひらサイズの小さな妖精が現れた。

羽を震わせながら、俺の顔をじっと見つめる。

「驚かねえのか?」

「いや……正直、疲れてるから幻覚かもしれんし」

妖精はため息をつきながら言った。

「まあいい。お前は俺を拾ったな? ならば、俺はお前の願いを叶える。何でも言ってみろ」

願いを叶える?そんな都合のいい話が——と思ったが、まあ、せっかくだ。

「じゃあ、明日、あの子からチョコをもらえますように」

ずっと気になっていた同僚の彩花ちゃん。もし願いが叶うなら、これ以上の望みはない。

妖精はニヤリと笑った。

「よし、叶えてやる。ただし、願いを叶えたら、報酬をもらうからな」

「報酬?」

「お前の『甘い感情』をもらうだけさ」

なんだそりゃ。よくわからなかったが、まあいいだろうと頷いた。

——そして翌日。

俺は確かに、彩花ちゃんからチョコをもらった。

「ぎ、義理じゃないからね」

彼女はそう言って、少し頬を染めた。

信じられない。まさか本当に願いが叶うなんて。

だが——何かが、おかしい。

彩花ちゃんの笑顔を見ているのに、胸の奥が妙に冷めている。

……あれ? 俺、

好きだったという記憶はある。でも、その感情だけがぼやけている。

「報酬、もらったぜ」

俺の肩の上で、妖精がクスクス笑っていた。

「お前の『甘い気持ち』をな」

そう——俺は、彩花ちゃんが好きだったときめきや喜びをすべて奪われていた。

チョコの甘さは舌に残っているのに、心は何も感じない。こんなの全然意味がない。

「取引成立だな」

妖精は楽しげに言うと、またどこかへ飛んで行った。

俺は、ただその場に立ち尽くすしかなかった——。

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