#059 チョコと手錠

ちいさな物語

いや、あのね、聞いてほしいんだけど——こんなの、普通ないでしょ!?

バレンタインだったのよ。女子としては一世一代の大勝負の日なわけ。――で、その前に私、人生で初めて一目惚れしたの。

駅でさ、偶然見かけたイケメン。長身で、黒髪がさらっとしてて、スーツ姿も決まってて。目が合った瞬間、心臓が跳ねたのよ。「この人にチョコを渡したい」って、電流が走ったの。

――で、もう次の日から毎日駅で彼を待ったわけ。ストーカーとかじゃないからね? ただ、偶然を装って、たまたま同じ時間に改札に立ってただけ。でさ、いたの! 彼! 無表情でスマホ見ながらさっさと歩いていくのよ。歩きスマホもキマッてる!

だから決めた。今日、このバレンタインの日に思い切ってチョコを渡そうって。

――で、私はバッグから手作りの特製チョコレートを取り出してスタンバイ。心臓バクバクで駆け出した。彼が改札を通った瞬間——

彼、振り返った私の顔を見ると、急に走り出したのよ。

え? なんで? 私、何もしてないよね!?

でも、こうなったら引けない。だって、こっちは時間かけて手作りチョコを準備したんだから!

「待ってください!」

思わず、彼を追いかけた。彼は全力疾走、私も全力疾走。靴がカツカツ鳴るけど、そんなの気にしてられない。

――で、角を曲がったところで、彼が躓いたのよ。転倒した彼の上に勢い余って倒れ込んじゃった。

そんなことで負けてられないわけ。私は逃すまいと彼の腕にがっしり自分の腕を絡め馬乗りになった。

「この、チョコレート受け取ってくれないと困ります!」

その瞬間、警察官がわらわらと現れて私たちを取り囲んだ。

……え? 何が起こったの?

状況が理解できないまま、私はポカンと口を開けてた。でも、警官の一人が私を見て言ったのよ。

「お嬢さん、お手柄です。全国指名手配犯を逮捕!」

……はい!?

そう、彼は連続詐欺事件の容疑者で、ずっと逃亡してたらしい。周りを危険にさらす可能性が高くて、警察もずっと機会をうかがってたらしいんだけど、私が全力で追いかけたから、「ここだ!」って感じで捕まえるチャンスを得た、って話。

――で、気がついたら私はニュースに出てた。「勇敢な一般女性、逃亡犯を捕らえる」みたいな見出しで。後ろ姿で顔は映ってないけど、なんかもうプロレスの技でもきまってるみたいな無駄にカッコイイ写真が新聞のトップでどどーんと。

いやいや、違うのよ! 私はただチョコを渡したかっただけ!!

で、結局、チョコは渡せなかったんだけど……なんか表彰状とかもらっちゃった。こんなんじゃなくて、イケメン彼氏がほしかったんですけど。

バレンタインって、普通こういう日だっけ?

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