「もう逃げ場はないぞ!」
暗闇にそびえる崖の上、刑事・田村は拳銃を構えて叫んだ。
その先に立つのは、指名手配中の銀行強盗犯・柴田。汗だくの顔を歪ませ、肩で息をしながら後ずさる。しかし、もう後ろは崖。ここからの逃亡は不可能だ。
「くっ……」
柴田は崖下と刑事を交互に見て、やがて観念したようにその場に膝をついた。そしてボロボロと涙を流し始める。
「チクショー! ……そうだよ。やったのは、俺だよ!」
「やはりお前か!」
田村の相棒・山崎が鋭く問い詰める。
「俺が……銀行を襲った……そして、現金を奪って……それを……」
柴田の声が震え、関係者の誰もが息を呑む。
しかし──田村は気づいていた。この展開が、あまりにも「どこかで見たことある」ことに。
刑事に追い詰められ、涙ながらに自白する犯人。劇的なクライマックスのはずだが、あまりにも……。
ちらりと横を見ると、部下の吉村が唇を噛みしめている。いや、耐えているのは笑いだ。
「それを、どうした?」
田村は必死に冷静を装いながら、柴田に促す。
「娘が……病気だったんだ。金さえあれば」
やっぱり! ベタすぎる!!
捜査員たちが微妙に肩を震わせる。吉村の口元がピクピクと引きつっている。山崎も目を閉じ、深呼吸しているが、唇が笑いを堪えようとして歪んでいる。
柴田は嗚咽交じりに続ける。
「何度も、何度も手術が必要で。必死に働いたけど、そんなの全然足りなかった。金さえあれば、命だって買えるんだよ。銀行にはうなるほど金がある。世の中、不公平じゃないか!」
完全に、テレビドラマで見たことがあるやつだ。
田村も必死に顔を引き締める。こんなシリアスな場面で笑うわけにはいかない。しかし、横で吉村が肩を震わていた。完全に限界に近づいている。
そして、ついに──柴田が最後の一言を放った。
「……こっから飛び降りた方がいいですか?」
その瞬間、全員の堪えが限界を迎えた。
「ぶはっ!!」
吉村が崩れ落ちるように笑い出し、山崎も腹を抱えて蹲る。周囲の捜査員たちも全員大爆笑。田村も拳銃を下ろし、膝に手をついて笑い転げた。
「ちょ、ちょっと待て……お前……それ、反則」
柴田は涙目のままポカンと彼らを見つめていた。
「いや、俺、真剣だったんですけど……」
「わかるけど、なんで崖に逃げるの? ――で、『飛び降りる』とかいうの?」
「なんか期待されている気がして」
「わかってやってたのかよ。やめてよ、そういうの」
こうして、連続銀行強盗犯の柴田はあえなく逮捕されたのだった。ちなみに柴田に娘はいなかった。
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