深夜のコンビニには、時々変な客がいる。
大声で独り言を言いながらおでんを選ぶおじさん。棚の前で微動だにせず立ち尽くす女子高生。酔っ払ってATMと口論しているサラリーマン。まあ、深夜のコンビニなんてそんなものだ。
でも、あの仙人は、もっとおかしい。
最初に見たのは、バイトを始めて二週間くらい経ったころだった。
俺がレジに立っていると、店の奥の雑誌コーナーに、ひとりの老人が座っていた。座っていた、というか、浮いていた。足を組み、まるで修行僧のような格好で宙に浮いている。でもちゃんと影がある。幽霊ではないようだ。
「……え?」
俺は目を疑ったが、俺以外は誰も気にしていない。いや、そもそも誰も彼を見ていないようだった。
試しに、近くにいた同僚のユウタに聞いてみた。
「なあ、あそこ、変な人いない?」
ユウタは怪訝な顔をして、雑誌コーナーをちらりと見た。
「は? どこ?」
「ほら、あそこ、座禅組んで——」
「お前、疲れてんじゃね?」
そう言って、ユウタは飲みかけのエナジードリンクを俺に差し出した。
どうやら、あの老人は俺にしか見えていないらしい。
次に老人を見たのは、数日後のことだった。
その日は客が少なくワンオペ状態。レジ周りを整えていた俺がふと視線を上げると、老人がレジ前に立っていた。
「電子マネーは使えるかの?」
「え、あ、はい。使えますけど……」
老人は懐から、見るからに古びた小判を取り出した。しかし、俺が驚く間もなく、小判はスッと消え、その手には最新型のスマホが握られていた。
「ほほう、やはりこの『〇〇ペイ』とやらは便利じゃのう」
「いや、ちょっと待ってください。あなた……」
俺にしか見えなかったはずだが、今、会話をしている。これは――どういうことだ?
「わしか? わしは仙人じゃ」
やはり、俺か、この老人の頭がおかしいようだ。
「仙人なのに電子マネーを使うんですか?」
「そりゃあ、使うとも。時代についていけぬ仙人など、ただの化石じゃよ。俗世をよく知り、その上で俗世を捨てられるのが仙人じゃ」
レジ台を見る。ポテトチップスとチョコレート、焼き鳥の缶詰、そして缶酎ハイ。俺は思わず吹き出しそうになった。仙人が「〇〇ペイ」を駆使して、酒とつまみを買っている。俗世捨ててないじゃないか。
それからというもの、老人は時々コンビニに現れた。彼は俺が一人でいるときだけ、普通に買い物をし、スマホで決済をし、ポイントを貯めていく。
「そなたもそろそろレベルを上げねばならぬな」
「いや、仙人の修行とか、俺には無理ですよ」
「違う、ポイントカードの話じゃ」
どうやら、彼の「修行」とは、キャッシュレス決済とポイント還元を極めることらしい。
ある日、思い切って聞いてみた。
「仙人さん、何千年も生きてるって本当なんですか?」
「ほほう、疑い深いのう。では証拠を見せてやろう」
そう言うと、老人はスマホを操作し、カメラロールを見せてきた。
そこには、江戸時代の町並みの中にスマホを持った彼がいた。他にも明治時代らしき通りにいたり、昭和初期らしき田舎町にもいた。リアルなのは時代劇やドラマ、時代を再現したテーマパークの〇〇村みたいなのとは、微妙に違うところだ。そういった「作られたもの」より、服装は見すぼらしく見え、町並みもレトロというよりはただ古臭い。これが「現実」って感じがする。
「……マジですか?ってかなんでスマホ?」
「マジじゃよ。今の人たちは『仙術』と言われるより、これを見せた方がわかりやすいじゃろ? 不思議なことは何もない。全部スマホのおかげじゃ」
そういって得意げにスマホを見せて笑う。いや、全部は無理だろう。浮いたりしてたし。よく見ると見たこともないメーカーのスマホだ。
「仙人なのに、何でコンビニに?」
「そりゃあ、深夜に小腹が空くからじゃ」
そう言って、肉まんを指差し、満足げに笑った。俺は「限定セイロ蒸し風ふんわり肉まん」をケースから取り出した。
この仙人が、本当に何千年も生きているのか、ただの気のいいじいさんなのか、いまだによく分からない。
でも、たまにレジに現れては、電子マネーで決済し、ポイントを貯める彼を見ると、なんとなく安心する。
きっと、どんな時代になっても、人は変わらず夜中にコンビニへ行くものなのだろう。たぶん。きっと。
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