昔むかし、山間の小さな村に、不思議な老婆がおった。 村外れの古い井戸のそばに住んでおっての、井戸を覗き込む者にこう言うんじゃ。
「あんた、願いごとを叶えてやろうかの?」
じゃが、その願いごとを叶えるには、大切な何かを差し出さねばならんかった。
ある時、村で貧しい男がおった。 この男、家も金もなく困り果てて、老婆の井戸を訪ねた。
「お願いじゃ、金が欲しい。なんでも差し出す」
老婆はにやりと笑った。
「ならば、お前の優しさを差し出すがよい」
男はためらったが、金欲しさに承知した。すると男は急に心が冷たくなったが、望んだとおりに金が入ったんじゃ。
じゃが、男はその日から誰にも親切にできなくなり、村人から嫌われ、孤独になっていった。男は金に困ることはなくなったが、以前よりも不幸になったように感じていた。
次に、若く美しい娘がやって来てこう言った。
「美しさを永遠に保ちたい」
老婆はまたにやりと笑った。
「お前の声を差し出せ」
娘は迷ったが、美しさのために承知した。
それから娘は永遠の美を手にしたが、声を失い、大好きな歌も歌えず、言葉で気持ちを伝えることもできなくなった。娘は次第にふさぎ込み、やがて誰もその美しい姿を見ることはなくなった。
村人たちは、老婆の井戸を恐れ、誰も近寄らなくなった。
ある日、村一番の働き者、若者の太吉が老婆の前に現れた。「願いはなんじゃ?」と老婆が聞くと、太吉は答えた。
「病の母を治してほしい」
老婆は眉を上げた。
「母を治すなら、お前の寿命を半分差し出すがよい」
太吉は迷わず頷いた。
「母が元気になるなら、それでええ」
老婆は初めて、驚いた顔をした。そして静かに井戸を覗き込んで呟いた。
「お前は本当にそれでいいのか? 半分の寿命がどのくらいかわからんぞ。下手をしたら、明日死ぬかもわからん」
「母が元気になるなら、それでええ」
太吉は繰り返した。すると老婆は井戸に向かい、こう言った。
「この若者は、自らの欲ではなく、真心から人のために願った者じゃ。わしは寿命を取ることはせん」
そして老婆は微笑んだ。
「代わりにわしの寿命をやろう。母親を大事にな」
すると井戸から光があふれ、太吉の母は病から癒された。
翌日、村の井戸に老婆の姿はなかった。 村人たちは不思議がったが、井戸のそばには小さな花が咲いておった。
その花は年々増え、井戸を囲むように咲き誇り、「願い花」と呼ばれるようになったんじゃ。
「ありゃ、やはり人ではなかったか」
村人たちはその花を見て、あの老婆の教えを思い出した。
『願いには必ず代償がある。だが真心で願えば、その代償さえも優しいものになる』
今でもその井戸には願い花が咲き、人々は真心を込めて願いを唱えるそうじゃ。
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