#172 選択肢の多い料理店

ちいさな物語

薄暗い夜道で空腹を抱え歩いていると、真新しい料理店を見つけた。

ネオンの看板には「セルフサービスレストラン」と書かれている。

入り口は無人で、自動ドアをくぐると、中には無機質なタッチパネルが並んでいた。
僕は空腹に急かされ、画面をタップした。

『ようこそ。最適な料理をご案内します。あなたの状態をお答えください』

まず初めに、妙な質問が表示された。飲食店で「状態」を確認されるとは。

『あなたの空腹レベルは?』

僕は迷わず「極度に空腹」を選んだ。

次の画面が表示される。

『肉料理と野菜料理、どちらを希望しますか?』

躊躇なく「肉料理」を選択した。すると、パネルの表示はどんどん具体的になっていった。

『下ごしらえをします。肉の柔らかさを選択してください』

「もちろん柔らかく」だ。

だが次に表示された項目に、僕は違和感を覚えた。

『肉質向上のため、マッサージを行いますか?』

なぜ料理にマッサージが必要なのか疑問だったが、とりあえず「はい」を選んでみた。

すると、背後の壁が静かに開き、柔らかな機械アームが現れて僕の肩を掴んだ。

「なんだこれは!」

驚いて振り払おうとしたが、アームは絶妙な力加減で僕の身体を揉みほぐし始めた。確かに気持ちよかったが、僕は妙な予感に襲われた。

マッサージが終わると、次の表示が点滅している。

『風味付けをします。好みの調味料をお選びください』

塩、胡椒、醤油……。

ここまでの経緯でなんとなく嫌な予感がしたが、試しに「塩」を選んだ。その瞬間、上から微細な塩の粉末が振りかけられた。

「ま、まるで――自分が料理されるみたいだな」

『調理方法をお選びください』

焼く、蒸す、煮込む、揚げる。

背筋が凍った。先ほど塩を選んだら塩が降ってきた。ここで調理方法を選んでしまうと――これは明らかにおかしい。

僕は慌ててキャンセルボタンを探したが、画面には調理法以外、表示されていない。

恐怖で息が詰まりそうになりながら後ずさりした瞬間、タッチパネルの画面が赤く変わり、新しい文字が表示された。

『最高のおもてなしをさせていただきます』

扉が全てロックされ、逃げ場がないことを悟った僕はパニックに陥った。

「誰か助けてくれ!」

叫んだそのとき、突然店内の電気が明るく点灯し、スピーカーから陽気な音楽が流れ始めた。

『ご来店ありがとうございます。本日のメニューはやわらかい人間の肉でございます。シンプルに塩のみで味付けされておりますので、肉そのものの風味をご堪能いただけます』

最後に表示された画面には、自分の名前とともに『調理開始』の文字が。

僕はその場に崩れ落ちた。

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