その神社は、いわゆる人ぞ知る存在だった。
山の中腹、朽ちかけた鳥居をくぐり、急な石段を上った先に、ぽつんとある。
観光案内所の地図にも載っていないし、グーグルマップでも「神社」としか出ない。神社マニアの僕だから存在に気づいたようなものだ。だが、調べてみると、その神社には奇妙な噂があった。
実際に訪れて、地元の人に聞いてみると、「あー、あそこ、ね」と苦笑いする。他にも「わかりやすいっちゃ、わかりやすい」「話が通じるし、手のかからん神さんじゃね」と、評判がいまいち謎である。手のかからない神様とは一体……。
好奇心には勝てず、僕はとうとうその神社を訪れてみた。
境内は静まり返っており、杉の葉のすれる音だけが響いていた。ただの小さい神社だ。拝殿の前に立つと、奇妙なものが目に入る。
立て看板――それはまるで、飲食店のメニュー表のようだった。
【ご利益一覧表】
10円:なんとなく良いことがあるかも
100円:風邪をひきにくくなります(今年中のみ有効)
500円:恋愛運ちょっと上がる(出会い保証なし)※出会い保証を付ける場合は別途オプション料金が発生します
1000円:就職活動うまくいく(個人の能力等、条件により内容は変動)
5000円:大事な場面で勝てる(週1回限定・内容は選べません)
10000円:奇跡、起こします(内容は選べません)
オプション:要相談
ふざけてるのか、真面目なのか、わからない。――というか、但し書き多くないか。確かにわかりやすいけど。
だが、書体は筆文字、達筆で妙な重みがある。
「え、えーっと、どれにしようかな……」
そう呟いた瞬間、背後から声がした。
「千円の方コースがお得だと思うよ。就活生なら、特にね。ってか、全体的に安いでしょ。よそじゃ、一万円つっこんでも何も起こらないとかザラだからね。まぁ、こういう言い方すると怒られるんだけど」
振り向くと、白い装束をまとった男が立っていた。神主にしては軽薄そうな雰囲気で、しかも手にコンビニの袋を提げていた。どうして僕が就活生だと知っているんだろう。
「あ、あの、ここの……神主さん、ですか?」
「いやいや。私がここの神様」
「……か、神様?」
「そう。自営業みたいなもんよ。神主さんとか別にいいよって、五十年くらい前に自治会に断っちゃった。神様といえども、気を遣っちゃうでしょ、ずっと面倒みてもらうの。私の場合、一人で気楽にやりたい派なんだよねぇ」
彼は拝殿の階段に腰を下ろすと、袋からおにぎりを取り出した。
ツナマヨ。
「でも学区の子供たちがお掃除とかしてくれる。かわいいんだよねー『神様ぁー』ってどんぐりとか持ってきてくれるの」
「あのー、本当に、ご利益あるんですか?」
胡散臭すぎる。人間にしか見えない。
「うん。あるよ。まあ、内容によってはちょっと――ってこともあるけど」
「内容によっては?」
「結局、頑張るのは本人なわけ。神様ってそういう存在よ。神様が目標の方向にちょっと運気を向けてあげる、その後やるのは本人。だから能力以上のことはいくらなんでも無理だね。たとえば、『今から月に行きたいですぅ』とか言われてもね。『あ、それ、無理よ』ってなるのね。まぁ、無駄金になっちゃうわな」
意外と話が面白い。神社マニアの僕にはその話がやけに本当っぽく聞こえた。もしかして本当にこの人、神様?
「例えば恋愛運アップとかっておもしろいよ。おもしろいけど、一番クレームも多い。そもそも恋愛運アップってのは、相性のよさそうな人との出会いをサポートしてあげるものなんだけどね。『こんなブサイクな人との出会いは望んでなかった』とか、言われんのよ。特に若い人ね。神様的に一番相性がよくて、幸福になれる選択肢をプレゼントしているのに。まぁ、人生経験が浅いのか、それに気付けないわけ。これも無駄金よ」
やけに「金」「金」いうな、この神様。しかし、言っていることは、本当にありそうな話だ。僕は思わず前のめりになる。
「あの、この一万円の『奇跡』って何ですか?」
「ああ、それは、まぁ、うん。わたしの気分とさじ加減、かな。ガチャだと思ってもらっていいよ。あ、でも絶対一万円の価値はあるからね。それは保証できる」
ガチャ?
「え、気分とさじ加減で決めてるんですか?」
「うん。だって神様って人間と一緒よ。暇な時もあるし、疲れてる時もある。あ、そうだ。今日は機嫌いいから、特別に無料でオプションつけたげるよ」
機嫌で動くっていうのは最高に神様っぽくないか。自称神様は僕の財布をちらりと見た。
「どうする? お賽銭、入れてく?」
「はい。あ、あの、集めたお金って何に使うんです?」
「え? これとか」
彼はさっとコンビニの袋を見せる。
「あんまり、人こないしね。あと、ちょっとずつ貯金してここの修繕とかかな」
わりと堅実に運営しているんだな。
結局、僕は1000円を賽銭箱に入れ、「就職活動うまくいく」コースをお願いした。
神様は「うん、まかせといて」とだけ言って、ツナマヨを頬張っている。神様、なんだよな? オプションを無料でつけてくれると言っていたが、内容は内緒と言われたので、期待と不安が入り交じる。
……数日後、奇跡のように第一志望の企業から内定が届いた。ずっと入りたかった会社だ。もちろん努力はしたが、周りからは「無理だろ」と言われていた。
神様、本当だったんだ。
ちなみにまだオプションの正体はわかっていない……。
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