「生贄バイト、急募。時給1500円〜。未経験歓迎」
そんな求人広告を見たタケル(28・フリーター)は思った。
「なんか宗教系っぽいけど、時給いいし、とりあえず応募しとくか」
面接会場は宗教法人なんたらと書かれた怪しげな事務所。面接官は無言で壺を磨いていた。
「生贄っていっても、今はいろいろと問題になっちゃうからね。腹かっさばいて生き血を神像に振りかけるみたいなんじゃないよ。まぁ、ごっこ遊びみたいなもんだ」
宗教家がそれを言っていいのか。
「交通費出ますか?」と聞くと、「往復でね」と笑った(歯が一本もなかった)。
採用は即決。「明日からお願いね」と手渡されたのは、「生贄マニュアル(全56ページ)」だった。
「え! 手書きじゃん。読みづらっ」
タケルは、早くも後悔しはじめていた。
しかもマニュアルの内容が濃い。濃すぎる。
・神様は牛が苦手なので、牛乳禁止
・儀式中のくしゃみは失礼にあたるので、事前によく鼻をかんでおくこと
・踊りはフォークダンスベース(独特なステップ)
・太鼓の合図で叫ぶセリフは「い〜け〜に〜えぇぇぇ!!!」(裏声)
そして最大の衝撃が、ページの最後。
「実際に命を奪われることはほぼありません」
……ほぼ!?
翌日、タケルが現地に向かうと、そこは面接場所とは違って、いかにも宗教施設といった感じのたたずまいのホールだった。信者らしき人々が変な白装束で儀式の開始を待っている。
その場にはすでに“生贄バイト仲間”が数名集まっていた。
50代主婦、ギターを抱えた青年、猫耳つけた謎の外国人女性。統一感ゼロ。
「私たち、毎月生贄してるのよ〜。楽しいよ?」とケラケラと底抜けに明るい様子の主婦が言う。
ギター青年がボソッと呟く。「初めての時、豚が空から降ってきたから頭上に注意しろ」
どうしよう。いま全力で帰りたい。けど交通費は報酬と一緒に支払われる約束だ。今は帰れない。ここで帰ったら赤字だ。
そして儀式、スタート。
主婦が太鼓をドン。ギター青年がフォークソング風の音楽を奏でる。
外国人女性がメイド喫茶のメイドさんが「萌え、萌え」しているような、けったいなダンスをはじめる。これをカオスといわずしてなんとする。
そしてタケルの出番。「い〜け〜に〜えぇぇぇ!!!」(裏声)
その瞬間、空からキラキラした牛型の神様(たぶん)が出現。
いや、待って待って、牛が苦手って自分、牛じゃんか。
「よき祭りじゃ……今月もありがとウシ」と鳴き、空に帰っていった。
ありがとウシ? 神様、語尾が「ウシ」なの? 牛が苦手って設定どこいった?
ツッコミ所しかないが、とりあえずこれで終わった、のか?
「はい、お疲れ様〜」と神主風の男が封筒を渡してくれた。中には時給1500円×3時間分と、往復交通費。
——なんだこの宗教。そもそも生贄の定義ってなんだっけ? わからなくなってきたぞ。
帰り道、タケルは思った。
「生贄というのは命を捧げるって意味だと思うけど、俺が捧げたのは、羞恥心。そう考えると、本当に俺の中の何かが死んだような気がする……」
翌月、同じ求人を見た彼の手は、自然とスマホに伸びていた。
「いけにえ、未経験じゃなくなったし、もう捨てるものはない気がするな。交通費出るし」
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