#182 千年の庭

ちいさな物語

この国では、生まれた家の庭にどんな木が生えているかで、人の力が決まる。

紅葉の家系は火を扱い、柊の家系は霊を祓う。だがその力は、木の状態によって左右されるため、庭木の世話は代々の重要な務めだった。

ユウトの家の庭には、樹齢千年を超えるかしの巨木が立っていた。人々は畏敬の念をこめ、その木を「千年樹」と呼んだ。

「この木の下には、九代の記憶が埋まっている」

そう語ったのは、祖父のハクだった。祖父は齢九十にしてなお、鳥のように軽やかに動き、冬でも素足で庭を歩いている。まるで少年のまま老いたような人だった。

ユウトは幼いころから、その木が特別だということを肌で感じていた。大きな災害のたび、近所の家が崩れても、ユウトの家は無傷だった。父は早くに亡くなったが、母はいつも静かに庭を見つめていた。

「お前に、そろそろ継がせる時が来た」

祖父はそう言って、ユウトに古びた巻物と一枚の葉を手渡した。

「この葉は、選ばれた者にだけ真の力を与える」

巻物には、代々の当主が記した力の使い方がびっしりと書かれていた。中には、動物と話す方法、時間を止める呼吸法、夢の中を渡る術など、信じられない力ばかりだ。

「これ、本当に……?」

自分にもできるのだろうか。祖父はただ静かにうなずく。

最初は信じられなかったユウトも、葉を掌に乗せた瞬間、世界の密度が変わったのを感じた。

巨木が風にざあっと音を立てる。祖父の目がすっと細くなる。

「だが、木の方も主を選ぶ」

祖父は、昔の仲間たちがその力に飲まれて消えたことを話してくれた。庭の木は、使う者の心に根を下ろす。その心が曇れば、木もまた狂う。だから木も慎重に主人を見極めるのだ。

また巨木の葉が揺れた。ユウトはハッと見上げる。話しかけられたような気がした。

祖父はふっと唇を笑みの形にしている。

「お前は選ばれた。お前のその心のその静けさを気に入っておる。木の力は、静けさの中でこそ育つもの」

その年の冬、祖父は庭の木の根元で静かに息を引き取った。

かしの木にだけ看取られて、まるで眠るように。

春が訪れた頃、ユウトは祖父と同じように庭を素足で歩くようになっていた。その方が地面の声、そしてかしの木の根の声が直接伝わってくる。

ユウトはあまり話さず、感情も表に出さない。だが、彼のそばにいると、皆なぜか落ち着くと言った。ユウトはまるで自分が木になったように感じていた。

ある日、国から使者が訪れた。北の地で強力な力を持つ“黒樹”が暴走を始めたという。木の主人の心が大きく乱れ、木もまた狂ったのだ。

人々がひそひそと話している声が耳に入る。

「幼い娘を暴漢に殺されたって」

「復讐に黒樹の力を使ったらしい」

「まさか、黒樹の力で人を殺めたというの? それじゃあ、北の地は……」

国からの使者は噂話を続ける人々をひと睨みして、ユウトに向き直った。

「千年樹の継承者の力を、どうか貸してほしい」

ユウトは静かにうなずいた。彼はもう、ただの少年ではなかった。

狂った黒樹は樹齢五百年ばかり、ユウトさえ落ち着いていれば、鎮めることは可能だ。

だが、人を殺めてしまってはもう根が腐り始めていることだろう。黒樹もその主も元に戻すことはできない。それが自然のことわりだ。ユウトにできるのは、これ以上人に危害を加えないように鎮めることくらいだった。

ユウトの後ろでかしの木が揺れている。とても静かに。

そうだった。心を乱してはいけない。ユウトは静かに目を閉じて、深呼吸する。

それから、かしの葉と巻物以外は何も持たずに北の地へと向かった。

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