うちの猫、タマが突然言葉を話し始めた。
猫あるあるなんだけど、タマがじぃっと俺を見ている。こういうときは何か要求があるときだ。
「タマちゃ〜ん、どうちたの? ちゅ〜る欲しいの?」
猫バカな俺はタマの頭をなでながら、抱きあげた。健康のためにおやつの量と時間は決めてあるのだが、少しくらい早くてもいいだろう。
ところが――。
「数年間、様子を見させてもらったが、おぬしは信頼できる。吾輩の正体を明かそう。吾輩は異世界のドラゴンである」
俺は部屋をキョロキョロした。やけにどすの利いた声だったけど、アレクサがしゃべったのかな?
「ここだ」
腕の中のタマを見た。タマはするりと俺の腕を抜け出す。
確かにタマの口元が動き、その筋の方みたいな声を出している――ように見えた。
正直、耳を疑ったが、タマは堂々とソファに座り込み、話を続けた。
「正確にはドラゴンとして生を受け、異世界から転生してきたのだ。何も悪いことはしていないのに、勇者と名乗るならず者たちに寝込みを襲われ、このザマさ。人間ってのはまったく――ドラゴンと聞くと討伐したくなるものらしい」
猫の異世界転生なんて本当にあるのか? しかし、目の前でタマはしゃべっている。俺は戸惑いつつも尋ねた。
「ドラゴンって……、タマ、君はただの三毛猫だよ……ね?」
するとタマはムッとした表情で尻尾を大きく振り、胸を張った。
「無礼な。我が本来の姿は巨大な翼を持つ威厳あるドラゴンだぞ。なぜ猫になったかは吾輩にもわからんが……。まあ、小さい身体というのもなかなか便利ではあるが」
そんなことを言いながらも、タマは猫らしく毛づくろいをしている。この姿を見ればただの猫にしか見えないのだが……。
タマは次第に饒舌になり、前世の自慢話を始めた。とても長く生きたらしく、忘れられ討伐される前は人間とも協力関係にあったらしい。巨大な国を魔族から守った話や、大空を自在に飛び神様に会った話、英雄たちを背に乗せ戦った話……どれも壮大で、俺は次第にタマの話に夢中になっていった。
その日から、俺とタマの生活は一変した。
毎日のように異世界の話を聞き、俺は想像の翼を広げた。だが、不思議なことに、タマは時折悲しそうな顔をするのだ。
ある晩、タマが窓辺で星空を見つめているとき、俺は声をかけた。
「タマ、君はドラゴンとして生まれたのに、猫の身体になって後悔してないか?」
タマは静かに振り返り、小さく笑った。
「初めはな。しかし今はこの身体にも慣れた。吾輩が憂鬱なのは、もはや本当にドラゴンだったかさえ、分からなくなってしまったことだ」
その言葉には、深い孤独がにじんでいた。
「吾輩は本当にドラゴンだったのか? それともただの夢を見ただけなのか? もはや誰にも証明できぬ。だから吾輩は語り続けるのだ。自分自身にさえも嘘ではないと信じさせるためにな」
タマのその表情を見て、俺は胸が詰まった。俺はそっとタマを撫でて言った。
「ドラゴンでも猫でもいいさ。タマはタマだから」
タマはその言葉を聞いて、目を細めて微笑んだ。
その晩、俺は夢を見た。巨大な翼を広げ、大空を駆けるドラゴン。その背中には、タマと俺が並んで座っていた。
目が覚めると、タマが俺の枕元で静かに寝息を立てていた。
もしかしたらタマは本当にドラゴンだったのかもしれないし、そうでなかったのかもしれない。だがそれはもう、どちらでもよかった。
俺とタマの世界が、ドラゴンが存在する素敵な異世界に繋がっていることだけは、確かな気がした。
#187 自分がドラゴンだと言い張る猫

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