#191 呪いのラリー

ちいさな物語

最近、どうも体調が悪い。

夜眠れず、食欲もない。朝起きると必ず部屋に長い髪の毛が散らばっている。自分の髪ではない。職場でそのことを話すと、後輩が冗談交じりの口調で「それ、呪われてるじゃないですか?」と言いだした。

そんな非現実的なことは信じていない。信じていないが、病院に行っても体調不良の原因もわからず、女のものらしき長い髪の毛は毎日落ちている。

藁にもすがる思いで霊能者のもとを訪れた。

「あ、完全に呪われていますね」

霊能者の橘は、淡々とそう言った。柔らかな口調だが目が冷たい。

「どうにかなりませんか?」

私は半泣きで訴えた。すると橘は小さく笑い、「呪い返しをしますか?」と聞いてきた。

呪い返し——そんなことができるのか。私は即座に頷いた。

「お願いします!」

仕事柄、恨みを買うことは多いが、まさか呪われてしまうとは思わなかった。

翌朝、目覚めると体調も驚くほど良くなり、気分は晴れやかだった。部屋のどこにも得体の知れない髪の毛は落ちていない。私は心から安堵した。

喉元過ぎれば――というものだろう。あれは気のせいだったのではないか。仕事が忙しくて、ちょっと頭がどうかしていたんだろうと思い、呪いのことはすっかり忘れた。1週間後、私の元に突然電話がかかってきた。

「お前、呪い返ししたな……!」

聞き覚えのある怒りの声だった。以前職場でトラブルになり、仕事を辞めた後輩の川島だ。まさか、彼が呪いをかけていたとは。

「覚えてろよ……またお前に返してやる」

川島の声は怒りで震えていた。

その言葉どおり、翌日再び部屋に長い髪の毛が散乱していた。呪いが戻ってきたのだ。

再度、橘のもとを訪れると彼はまたもや淡々と言った。

「川島さん昨日来ましたよ。呪い返しを頼まれました」

私は呆然とした。なぜ、自分で返した呪いをまた言われるままに返すのか。

「あの、あいつよりお金を余分に払いますので、また呪いを返してもらえますか?」

と、問いかけた。橘は微笑み、静かに頷いた。

呪いのラリーはこうして始まった。

私と川島の間で、橘を介した呪いの応酬が繰り返された。互いの体調はどんどん悪化していったが、意地と怒りでやめられなくなっていた。

ある日、私は橘に問いかけた。正直、疲れ切っていた。

「呪い返しの繰り返しに意味はあるのですか?」

すると橘は冷たい瞳をさらに鋭くさせて呟いた。

「意味なんて最初からありませんよ。ただ——」彼の唇がゆっくり歪んだ。

「私にとっては最高の娯楽です。お金も儲かりますし。今回はどうします? あきらめて呪いをもらっておきますか?」

私は背筋が凍った。橘の口元には微かな笑みが浮かび、その目には底知れぬ闇が宿っていた。

その瞬間、私は悟った。この呪いのラリー戦は、最初から橘が仕向けたことではないのか。

私は今、呪い返しを繰り返しながら、別の霊能者を必死で探している。良識があり、この事態の収拾を図れる人物を――。

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