#234 はないちもんめ

ちいさな物語

「かってうれしい はないちもんめ まけてくやしい はないちもんめ」

その歌は、ある日、世界中で流れはじめた。

テレビでも、スマートスピーカーでも、コンビニのBGMでも。

誰もがどこかで聞いたことのある童謡。

でも、それが“合図”だとは、最初は誰も気づかなかった。

きっかけは、ある小国の広場で始まった遊びだった。

子どもたちが二列に分かれて手をつなぎ、左右に揺れながら歌い、名前を呼ぶ。

「〇〇ちゃんがほしい!」

「☓☓くんがほしい!」

ただの古い遊び。

なのにそれが、数日でアメリカの小学校に、フランスの農村に、南極の研究施設にまで広まった。

気がつけば、全世界の子どもたちが“はないちもんめ”をしていた。

「ルールは誰が教えた?」

「なぜ皆が知っている?」

大人たちの問いに、子どもたちは首をかしげるだけだった。

「なんとなく、やりたくなったの」

「声が聞こえてきた気がした」

遊びは広まり続けた。やがて各国で“公式大会”が組織されるようになった。

政府主導、企業協賛、オリンピックと並ぶイベント。

世界では、「はないちもんめ」が競うように行われるようになった。

勝つと、ひとりを「もらえる」。

選ばれた者は、特別な「旅」に出る。

どこに行くのか、何をするのか、誰も知らない。

ただ、選ばれた子どもは、例外なく、もう戻ってこない。

それでも子どもたちは、その遊びをやめようとはしなかった。

僕の妹が、選ばれたのは7年前だった。

小学2年生だった彼女は、突然、エチオピアで名前を呼ばれた。

「○○ちゃんがほしい!」

妹の名が、世界中に伝達される。

僕は叫んだ。やめろ、そんなのただの遊びだろ、どうして、どうして妹が行かなきゃならないんだ!

だが彼女は、小さな手を振って、静かに言った。

「これが夢だったんだよ、お兄ちゃん。呼ばれないなんて、そんなさみしいことはないからね」

その言葉の意味は、いまだにわからない。

妹が連れて行かれたあと、僕は“はないちもんめ”の研究者になった。

子どものころの記憶、歴史、伝承、都市伝説、どれを調べても決定的な由来はなかった。

ただ、一つだけ記されていた古文書がある。いつの時代かはわからないが、紙片にこうあった。

「此ノ遊ビ、声ノカタチヲ成ス
 アレハ 我等ノ聲ニ惹カレ、
 選ビ、奪イ、育ム
 此ノ子等、帰ラズトモ
 人ノ在リ方 整ウナリ」

それはつまり――
はないちもんめとは、神事なのだ。

僕は、大人になり、研究機関に勤務するようになった。

はないちもんめは今、世界で最も神聖な儀式とされている。選ばれることは、祝福であり、救済であり、契約だとされる。

だが僕は信じていない。信じていないが、それでも、あの歌が耳に残る。

「かってうれしい はないちもんめ
 まけてくやしい はないちもんめ」

勝ち負けの歌。

でも、この遊びで注目されるのはチームの勝ち負けではない。呼ばれた子、いなくなった子――。

今朝、ニュースで聞いた。またあちらこちらで子どもたちが呼ばれている。

僕はふと、冷たい予感を覚えた。

台所から、小さな歌声が聞こえる。

「かってうれしい……」

声の主は、僕の娘だった。僕は咄嗟にリビングへ駆け寄る。

娘は、鏡の前で手を左右に振っていた。まるで誰かとつないでいるかのように。

「ねえパパ」

娘がよろこびに満ちた表情で僕を見上げる。

「さっき、聞こえたの。『あなたがほしい』って」

そしてまた一人、選ばれる。

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