ちいさな物語 #089 あさりの味 海辺の町を訪れたのは、もう何度目だっただろうか。海岸沿い特有の潮風がまとわりつくような空気はやはり体に馴染んでいる。小さな食堂に入り、私は大好きだった“それ”を頼んだ。そう、あさりの味噌汁だ。箸でそっと貝殻を持ち上げる。殻の内側はつるりとし... 2025.03.01 ちいさな物語変な話
イヤな話 #088 並ばない女 コンビニのレジに並んでいたときだった。俺の前には三人、後ろにも二人。昼時だから多少待つのは仕方ない。そう思っていた矢先——横から女がスッと入り込んだ。彼女は一瞬の迷いもなく、まるでそこが自分の当然の場所であるかのように、俺の前に立った。「お... 2025.03.01 その他ちいさな物語イヤな話
ちいさな物語 #087 祖母のわらび餅 夏になると祖母が手作りのわらび餅を作ってくれた。冷たい井戸水で締めたそれは、ぷるんと透き通り、きなこと黒蜜がたっぷりかかっていた。口に入れると、まるで澄んだ水のかたまりのように清らかな味がする。「おばあちゃんのわらび餅って、なんだか夢みたい... 2025.02.28 ちいさな物語不思議な話
ちいさな物語 #086 わたしを知っていますか その日、僕は大きなスクランブル交差点にいた。青信号に変わると、群衆が一斉に動き出す。まるで波のように人が押し寄せ、すれ違い、散らばっていく。そんな中、僕はふと足を止めた。向こう側から歩いてくる一人の女性と目が合ったのだ。一瞬、時間が止まる。... 2025.02.28 ちいさな物語恋愛
ちいさな物語 #085 11時43分 このマンションに引っ越してきて、一ヶ月が経つ。仕事にも慣れ、夜は静かに過ごせるかと思っていた。だが、あることが気になっている。——毎晩、天井から音がするのだ。最初は気にしなかった。マンションなら生活音が響くのは仕方がない。だが、不思議なこと... 2025.02.27 ちいさな物語怖い話
ちいさな物語 #084 生活実態調査の実態 ある日、俺のスマホに一通のアンケート結果が届いた。「全国100万人が答えた生活実態調査」なんとなく興味が湧き、結果を眺めてみる。すると、開いた瞬間、思わず「は?」と声を漏らした。——「朝食にワニの肉を食べる人、78%」嘘だろ? そんなものス... 2025.02.27 ちいさな物語変な話
ちいさな物語 #083 廃駅の階段 聞いてくれ、俺はただの階段だ。だけど、俺が見た光景を話したら、きっとお前も興味を持つだろう。この廃駅には、いろんな人間が来るんだ。俺はもう使われなくなった駅の階段。錆びた手すりに苔むした段、それが俺の全てだ。何十年も前に列車が通らなくなって... 2025.02.26 ちいさな物語不思議な話
ちいさな物語 #082 究極のピザ 「いや、だからパイナップルはピザに合わないんだって!」「お前の方こそ、アンチョビの塩辛さを理解してない!」僕とルームメイトのケンは、ピザのトッピングについて激しく口論していた。もともとは仲のいい大学の同級生だったのに、この問題に関してだけは... 2025.02.26 ちいさな物語変な話
ちいさな物語 #081 転がってゆく先 俺か? 俺はただの空き缶さ。最初はちゃんとした飲み物だった。工場で作られ、店に並び、人間に買われ、そして——飲まれた。そこまではまあ、よくある話だ。問題はその後だ。飲み終わった俺は、ポイッと道端に投げ捨てられてしまった。ガードレールにぶつか... 2025.02.25 ちいさな物語不思議な話
ちいさな物語 #080 死神の鳥 最初に気づいたのは、駅のホームだった。目の前のサラリーマンの頭に、小さな黒い鳥が止まっていた。カラスのように見えるが、もう少し小さい。それにどこか質感が、違う。まるで影が形を成したような、ふわふわとした不確かな存在だった。周囲の人々は誰も気... 2025.02.25 ちいさな物語不思議な話