kajin-kk

ちいさな物語

#362 迷宮の宝

迷宮の奥へ進むたび、空気が冷え込み、静寂が耳を刺す。だが私は剣を握りしめ、歩を止めなかった。いまさら引き返すことなどできない。目指すは、どんな病をも癒やすという伝説の宝――。病みついた妹のために絶対に必要なものだった。三日前、村の酒場で老騎...
ちいさな物語

#361 お揃いですね

電車の中で、隣に座った女性が俺と同じスマホケースを使っていることに気づいた。(まあ、よくあるデザインだし、偶然か)そう思いながらスマホをいじっていると、その女性がチラリとこちらを見て微笑んだ。「お揃いですね」なんとなく気恥ずかしくなり、「そ...
ちいさな物語

#360 泥だらけの勇者

それは雨上がりの午後のことだった。村外れの道を歩いていると、急に前方の草むらからガサガサという音がして、泥だらけの男が現れた。ぼさぼさの髪、傷だらけで泥まみれの鎧、背中にはいかにも立派な剣。見た目はどう見ても冒険者……いや、それ以上の存在感...
ちいさな物語

#359 夜店の闘魚

夏祭りの金魚すくいは、いつもと変わらない賑やかな光景だった。ちょうちんの淡い明かりが照らす水槽には、赤や黒、オレンジや白の金魚たちがゆらゆら泳いでいる。子どもたちは夢中になってポイを水中に差し込み、慎重に金魚をすくっては歓声を上げた。だが、...
ちいさな物語

#358 コンビニ夜勤は満員御礼

「夜勤って静かで楽だよ」バイト初日にそう言い切った先輩の顔を思い出しながら、タケダはため息をついた。現在、午前0時3分。商店街の端っこにある我らがコンビニ「まるまるマート」。世の中のほとんどが寝静まるこの時間、なぜかこの店だけは常連たちのア...
ちいさな物語

#357 ベルトコンベアーのむこう

カシャン、カシャン――鉄と油の匂いに満ちた空間で、単調な音が絶え間なく続いていた。僕の仕事は単純だ。ベルトコンベアーに乗って流れてくる部品に、指定された部品を取り付けるだけ。スパナを握り、ボルトを締め、電動ドライバーでネジを打つ。流れ作業。...
ちいさな物語

#356 午前二時の巨人

それは、いつから現れるようになったのかはっきりしない。午前二時を過ぎたころ、住宅街の細い路地を「何か」がゆっくり歩いていくという噂。誰もが口をつぐむその存在を、僕は“片目の巨人”と呼んでいる。身長は三メートルを優に超え、背中をかがめても街灯...
ちいさな物語

#355 誰も知らない

「なあ、これ見てみろよ」俺たちはスマホの画面を順番に覗き込んだ。山奥のキャンプ場の写真。週末に集まれるメンバーで遊びに行った。社会人になっても続く数人のグループで、たまには自然に触れようと計画した、いつもの遊びの延長。それには確か五人で行っ...
SF

#354 氷の奥で眠るもの

その氷層は、南極の無人地帯にひっそりと眠っていた。調査隊が偶然に掘り当てた、地表から深さ約百二十メートルの地下空間。気温は常に氷点下八十度を下回り、人が簡単に足を踏み入れることを許さない場所だった。調査隊のベテランたちは、その地下空間の存在...
ちいさな物語

353 魔法少女(35)

「もう25年かぁ……」鏡の前でぼんやりと呟きながら、私はふと自分の顔を見た。10歳で魔法少女としてデビューして以来、悪の組織から地球を守るために必死に戦い続けてきたけど、気がつけば35歳。「少女」という言葉に明らかに無理を感じられる年齢に差...