kajin-kk

ちいさな物語

#360 泥だらけの勇者

それは雨上がりの午後のことだった。村外れの道を歩いていると、急に前方の草むらからガサガサという音がして、泥だらけの男が現れた。ぼさぼさの髪、傷だらけで泥まみれの鎧、背中にはいかにも立派な剣。見た目はどう見ても冒険者……いや、それ以上の存在感...
ちいさな物語

#359 夜店の闘魚

夏祭りの金魚すくいは、いつもと変わらない賑やかな光景だった。ちょうちんの淡い明かりが照らす水槽には、赤や黒、オレンジや白の金魚たちがゆらゆら泳いでいる。子どもたちは夢中になってポイを水中に差し込み、慎重に金魚をすくっては歓声を上げた。だが、...
ちいさな物語

#358 コンビニ夜勤は満員御礼

「夜勤って静かで楽だよ」バイト初日にそう言い切った先輩の顔を思い出しながら、タケダはため息をついた。現在、午前0時3分。商店街の端っこにある我らがコンビニ「まるまるマート」。世の中のほとんどが寝静まるこの時間、なぜかこの店だけは常連たちのア...
ちいさな物語

#357 ベルトコンベアーのむこう

カシャン、カシャン――鉄と油の匂いに満ちた空間で、単調な音が絶え間なく続いていた。僕の仕事は単純だ。ベルトコンベアーに乗って流れてくる部品に、指定された部品を取り付けるだけ。スパナを握り、ボルトを締め、電動ドライバーでネジを打つ。流れ作業。...
ちいさな物語

#356 午前二時の巨人

それは、いつから現れるようになったのかはっきりしない。午前二時を過ぎたころ、住宅街の細い路地を「何か」がゆっくり歩いていくという噂。誰もが口をつぐむその存在を、僕は“片目の巨人”と呼んでいる。身長は三メートルを優に超え、背中をかがめても街灯...
ちいさな物語

#355 誰も知らない

「なあ、これ見てみろよ」俺たちはスマホの画面を順番に覗き込んだ。山奥のキャンプ場の写真。週末に集まれるメンバーで遊びに行った。社会人になっても続く数人のグループで、たまには自然に触れようと計画した、いつもの遊びの延長。それには確か五人で行っ...
SF

#354 氷の奥で眠るもの

その氷層は、南極の無人地帯にひっそりと眠っていた。調査隊が偶然に掘り当てた、地表から深さ約百二十メートルの地下空間。気温は常に氷点下八十度を下回り、人が簡単に足を踏み入れることを許さない場所だった。調査隊のベテランたちは、その地下空間の存在...
ちいさな物語

353 魔法少女(35)

「もう25年かぁ……」鏡の前でぼんやりと呟きながら、私はふと自分の顔を見た。10歳で魔法少女としてデビューして以来、悪の組織から地球を守るために必死に戦い続けてきたけど、気がつけば35歳。「少女」という言葉に明らかに無理を感じられる年齢に差...
SF

#352 忘れられたロボット

宇宙の片隅に、ひっそりと漂う古い宇宙ステーションがあった。そこにはたった1台のロボットが、長い時間をひとりで過ごしていた。ロボットの名はエル。人類が宇宙に進出し始めた頃に作られた、初期型の人工知能搭載ロボットだった。エルには重要な任務があっ...
ちいさな物語

#351 記憶のスープ

閉店間際の店に、ずぶ濡れの男が飛び込んできたんだ。ボロボロのスーツなのに妙に穏やかな笑み――あんな客、初めてだったよ。その日は特に客足も少なく、雨も強くなってきたから、早めに店を閉めようと思って、外の看板を片付けようとしたその時だった。ガラ...