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ちいさな物語

#310 日記の中の声

休日の午後、僕は人気のない公園を散歩していた。公園の隅にある古びたベンチに腰を下ろそうとしたその時、視界の端に赤い革表紙の日記が入ってきた。その日記には、飾りもタイトルもなく、ただ中央に黒い字で『開くな』と書かれている。「開くなって書かれる...
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#309 鐘のない鐘楼

昔々、とある小さな村に、一つの大きな時計塔があった。村のどこからでも見えるその塔は、長い年月を刻み続け、村人たちの生活を支えていた。だが、この時計塔には奇妙な噂があった。「どれだけ階段を登っても、鐘楼にはたどり着けない」村人たちは子供の頃か...
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#308 最強バカップル

日曜日の昼下がり、僕はカフェでのんびりとコーヒーを飲んでいた。窓際の席で外を眺めながらぼんやりしていると、向かいの広場に尋常じゃないほど目立つ二人組が現れた。それはまさに「バカップル」と呼ぶにふさわしい光景だった。まず、二人ともお揃いの派手...
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#307 虹の終点、ランティス渓谷で

僕らの旅は風まかせ。一応、冒険者を名乗っているが、危険なことは一切しない。いつも前を歩くのは快活なカナ、風景をスケッチするのは双子の妹のリナ、そして僕――地図と胃袋を預かっている。ほんのちょっとだけ剣が扱えなくはないが、この旅に出てから一度...
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#306 フェイス・オフ

ある晩、私が帰宅すると郵便受けに奇妙な小包が届いていた。差出人は見知らぬ名前。送り状には「人生を変えるチャンスをあなたに」とだけ書いてある。通販か、新手の詐欺だろうか。私は疑いつつも、中身が気になって仕方なく、小包を開けてみた。中には小さな...
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#305 視えぬ男

霊能者・桐山一郎はその名を全国に轟かせていた。迷える人々に救いの言葉を与え、霊を視る能力を持つと言われていた。予約は数年先までいっぱいになり、それでも相談したいという者が後を絶たなかった。「あなたの背後に憑いている女性の霊ですね。彼女は寂し...
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#304 地底湖の夢

きみは、地底湖って聞いたことあるかい?いや、ただの地下水や洞窟の湖じゃないんだ。本当に「誰も知らない地底の湖」の話さ。これは、ずいぶん昔、ぼくの伯父が地下鉄工事の現場で体験した出来事なんだ。もう時効だろうって話してくれた。そのころ、都会の真...
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#303 姫、魔王城に留学する

「魔王様、私、ここで勉強したいんです」魔王城の玉座の間で、姫はにこやかな表情で魔王に入学願書を差し出した。「勉強だと? ここは学び舎ではないぞ」魔王は困惑して角の生えた頭を掻いた。そもそも姫は人質として攫ってきた存在である。泣いて救出を待つ...
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#302 龍の谷

昔々、とある山奥に小さな村がありました。その村の近くには深い谷があり、そこには龍が棲むと言われておりました。村人たちは昔から、その龍の怒りを鎮めるために若い娘を谷に捧げる風習がありました。「龍の怒りに触れてはならぬ」と、年寄りは口々に言い、...
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#301 夏祭りの後

夏祭りは毎年家族で行く恒例の行事だった。兄と私は浴衣を着て、母と三人で神社の境内に向かう。兄は射的が得意で、いつも私の分まで景品を取ってくれる優しい人だった。けれどその夜は、兄の様子が少し違っていた。神社の境内は大勢の人で賑わっていた。屋台...