今思えば夢だったかもしれない話なんだけど、それでもいいかな。
あれは、まだ子供のころだった。えーっと、確か夏休みが終わる頃だったと思う。私の家は田舎にあって、周りには大きな森が広がっていた。普段から森で遊ぶことが多かったんだけど、その日はちょっと、なんというか森の雰囲気が違っていた。いつもと違う空気が流れていたんだ。
あの日、私は一人で森の中を歩いていた。午後の光が木々の間から差し込んで、なんとも言えない静けさがあった。その静けさの中で、ふと目に入ったのが、一匹の大きな蝶々だった。黒い羽に赤い模様があって、今でもその色がはっきりと覚えている。まるで赤い目みたいだったな。
その蝶々は、まるで私を誘うかのように、ゆっくりと前を進んでいった。私は思わずそれを追いかけた。最初は、ただの蝶々だと思っていたんだ。だけど、だんだんその蝶々が私を、どんどん森の奥へと導いていることに気づいたんだ。
「おかしいな……」と思ったけれど、なんだか引き寄せられるような感覚に抗えず、私はさらに歩を進めた。蝶々は、私が一歩進むごとに少しだけ先に飛んでいく。そして、そのたびに私はそれを追い続けていた。
そうして、私は森の中で見たことのない場所に来ていた。そこには古びた小さな祠があった。どうしてもその場所に何かがあるような気がして、私は足を止めた。その時、蝶々がふわりと祠の前に舞い降り、そこでピタリと止まった。
「なんだ、ただの祠か…」と、私は少し安心した。しかし、その瞬間、背後で「ひぃ…」と低い声が聞こえた。私は振り向くことができなかった。声があまりにも近くて、背筋が凍るような感じがしたからだ。
どうしたらいいか分からず、そのまま振り向かずに後ろに一歩後退した。すると、蝶々が突然、私の目の前に舞いあがり、空中でひらひらと回り始めた。その瞬間、空気がひどく冷たくなり、私は体が動かなくなった。
その時、耳元でまた「あんた、そっちへ行くと帰れないよ」と、ささやくような声が聞こえた。心臓が跳ね上がった。私は知らず祠に足を踏み入れていたんだ。目の前が真っ暗になり、突然、足元に温かい手が触れた。振り向くと、そこにいたのは……。
その後、気がつくと私は家に戻っていた。振り向いた後の記憶がなかったんだ。母は不安そうな顔で私を見ていたが、私は何も言わずにただ黙って座り込んだ。見てはいけないものを見たという感覚だけが残っていて、子供だった私はこの感じをうまく説明できなかった。
それからというもの、あの蝶々を見かけることはなかった。だけど、時々、夜中にあの声が耳によみがえることがある。あの蝶々は、ただの蝶々ではなかったのかもしれない……。そう思うと、今でもあの森には足を踏み入れたくない。でも、だからといって森で人が亡くなったとか、お化けが出るとかいう後日譚も何もないんだ。だから、そう、夢だったのかもしれないよね。
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