不思議な話

ちいさな物語

#254 星の卵を孵す方法

星の卵を飼うことにした、とエリが言ったとき、周りの誰もが不思議そうな顔をした。「星の卵って何?」母親が朝食のパンを焼きながら聞くと、エリは得意げにバッグの中から透明な水晶のようなものを取り出した。手のひらにすっぽり収まるサイズで、卵といえば...
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#252 名探偵の背後で謎は解ける

「犯人は……あなたです!」 探偵・篁涼真たかむらりょうまがその指を静かに向けたとき、取材陣のシャッター音が一斉に響いた。 事件はまたしても、名探偵の華麗な推理によって解決された――ことになっていた。僕はその隣で拍手を送る。もちろん、控えめに...
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#251 マリー・ベル嬢のお茶会へようこそ

丘の上に、古い洋館がある。レンガの壁は苔むし、鉄製の門はキーキーと軋む音を立てる。しかしそこには、今でも人の気配があった。――金曜の午後三時。風がやみ、空気が甘くなる。そう、マリー・ベル嬢のお茶会の日だ。「まあまあ、お待たせしてごめんなさい...
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#249 五月闇の雨宿り

梅雨入りしたばかりの夜は、やわらかいはずの町の灯りさえ、空に溶けていく。空は厚い雲でふさがれ、月も星も気配すらない。空からは細く長い雨がしきりに降りそそぎ、町全体が水のヴェールで覆われているようだ。この時期の夜を、「五月闇」と呼ぶらしい。た...
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#245 金魚すくいと約束

その夏、私は友人とふたり、町はずれの小さな神社で開かれる夏祭りに出かけた。屋台が並び、浴衣姿の人波がざわめく。けれど私たちの目的は、毎年この祭りにだけ現れるという“幻の夜店”だった。「今年こそ、見つけたいね」そう言って、友人の茜は私の手を引...
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#243 小石のバトン

それはただの、小石だった。歩道に落ちた、丸く削られた白い小石。加工されたものであることは一目瞭然。どこかの敷地に敷き詰められていたものを、子どもが拾って遊んでいたのだろう。通行人が意図せずそれを蹴飛ばし、転がった先は、都内の静かな住宅街の交...
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#240 夢の原液を売る店

「ねえ、あれ見た?」そんな噂からすべては始まった。通学路の途中、古ぼけたレンガ塀の裏に、いつのまにか現れていた露店。店というには奇妙で、店員らしき人物もいない。ただ、古い木の台が置かれ、その上に小瓶が並んでいるだけ。野菜の無人販売所といった...
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#234 はないちもんめ

「かってうれしい はないちもんめ まけてくやしい はないちもんめ」その歌は、ある日、世界中で流れはじめた。テレビでも、スマートスピーカーでも、コンビニのBGMでも。誰もがどこかで聞いたことのある童謡。でも、それが“合図”だとは、最初は誰も気...
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#232 午後三時のミルククラウン

午後三時になると、甘い香りが部屋いっぱいに漂う。最初に気づいたのは、休日の午後だった。 ちょうどコーヒーを淹れながら、冷蔵庫にあったプリンを食べようとした瞬間、背後から声がした。「こんにちは、おやつの精霊です!」振り返ると、そこには紅茶色の...
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#231 水曜日のポケット

「水曜日のポケットには、ちょっとした秘密があるのよ」そう言ったのは、祖母だった。わたしがまだ小学四年生だったころのことだ。祖母とわたしは、古い町にある小さな洋館にふたりで暮らしていた。町の人たちはみんなやさしく、毎日がのどかで、でもすこし退...