不思議な話

ちいさな物語

#383 画鋲の町

僕の机の引き出しには、小さな箱に入った銀色の画鋲がある。文房具屋で買ったときは50個入りで、使い切ることなんて一生ないと思っていた。何しろ壁に画鋲でとめるものなんてそんなにない。お母さんからは壁に穴だらけになっちゃうからあまりたくさんは使わ...
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#382 月見の夜の奇妙な話

正直、この話は今でもちょっと自分でも信じられないんだ。あれは僕がまだ高校生だった頃の秋の夜。中秋の名月が近いってことで、友達のカズとケンジと三人で、「今年はちゃんと月見でもしようぜ」と話していたんだ。けど、僕らはどちらかというと、真面目に団...
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#380 あざらしからの残暑見舞い

今年の夏はやけに暑かった。八月の終わりになっても、蝉の声は止まず、夜になってもまとわりつくような湿気が抜けない。僕の住むアパートの郵便受けには、町内会の回覧板や広告しか入らないのが普通だ。だけど、あの日は違った。ポストを開けると、見慣れない...
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#376 夏空を渡るクジラ

今年の夏は、どうにも蒸し暑くて、毎日が退屈だった。セミの声ばかりが響く昼下がり、僕は屋上で空を眺めていた。団地の屋上は子供たちの秘密基地だったけれど、このごろは飽きてしまったのか誰も来ない。僕は寝転がって雲を見ていた。白い雲の切れ間に、ぽっ...
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#374 花火大会の奇談

もしよかったら、ちょっとだけ私の話を聞いてくれませんか。あの夜、今でも夢か現実か分からないくらい、不思議で忘れられない出来事だったんです。もう何年も前の夏、私は2歳になったばかりの息子を連れて、市の花火大会へ出かけました。夫は数年前に事故で...
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#372 異国のコイン

朝の通勤途中、電車の座席に腰を下ろしたとき、何気なくズボンのポケットに手を突っ込んだ。指先に触れたのは、冷たく硬い金属の感触だった。取り出してみると、それは見たこともないコインだった。大きさは百円玉ほどだが、妙にずっしりしている。片面には王...
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#368 執事の長い一日

「お目覚めですか、ご主人様。」そう言ってカーテンを開けた瞬間、私は今日もまた、この屋敷で長い一日が始まるのです。私がこの屋敷で執事として働き始めてから、もう二十年以上が経ちます。最初は若さに任せて何でも完璧にこなそうとしていましたが、すぐに...
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#367 バナナに話しかけられた夜

これは冗談でも何でもなくて、本当にあった話なんだよ。信じる信じないは別として、とりあえず聞いてほしい。昔から、夜になるとなんとなくダイニングテーブルを眺める癖があってね。母親がいつもテーブルの上に果物かごを置いていたから、それがいつの間にか...
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#366 サレムの市の砂時計師

あれはもう何年も前の話になるけど、今でも時々ふと思い出すことがあるんだ。ちょっと不思議な話で、信じてくれるかどうか分からないけどさ。俺が旅をしていた頃のことだ。あの頃は、あてもなく旅をするのが好きでね、
知らない街を訪ねては、数日間過ごして...
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#364 放課後の消失点

夕陽が校舎を赤く染める頃、私はひとり屋上のフェンスに寄りかかっていた。風は冷たく肌を刺すようだった。何もかもが微妙にズレてうまくいかない。クラスのいじめを傍観している。成績は中の中から上がりも下がりもしない。部活動も楽しいとは思えない。友達...