不思議な話

ちいさな物語

#359 夜店の闘魚

夏祭りの金魚すくいは、いつもと変わらない賑やかな光景だった。ちょうちんの淡い明かりが照らす水槽には、赤や黒、オレンジや白の金魚たちがゆらゆら泳いでいる。子どもたちは夢中になってポイを水中に差し込み、慎重に金魚をすくっては歓声を上げた。だが、...
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#356 午前二時の巨人

それは、いつから現れるようになったのかはっきりしない。午前二時を過ぎたころ、住宅街の細い路地を「何か」がゆっくり歩いていくという噂。誰もが口をつぐむその存在を、僕は“片目の巨人”と呼んでいる。身長は三メートルを優に超え、背中をかがめても街灯...
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353 魔法少女(35)

「もう25年かぁ……」鏡の前でぼんやりと呟きながら、私はふと自分の顔を見た。10歳で魔法少女としてデビューして以来、悪の組織から地球を守るために必死に戦い続けてきたけど、気がつけば35歳。「少女」という言葉に明らかに無理を感じられる年齢に差...
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#351 記憶のスープ

閉店間際の店に、ずぶ濡れの男が飛び込んできたんだ。ボロボロのスーツなのに妙に穏やかな笑み――あんな客、初めてだったよ。その日は特に客足も少なく、雨も強くなってきたから、早めに店を閉めようと思って、外の看板を片付けようとしたその時だった。ガラ...
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#346 扉の向こう側

その扉は、昨日までは確かにそこにあった。学校帰りの路地裏、雑居ビルの影に隠れるようにして、古ぼけたレンガの壁面に場違いなほど鮮やかな緑色の扉が存在していたのだ。「あれ、こんなのあったっけ?」最初にその扉に気づいたのは夏樹だった。夏樹は好奇心...
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#342 花びらに溶けた記憶

「ごめんなさい。あなたのことを覚えていないんです」その一言が、陽介の胸に深い穴を開けた。彼女――芽衣は静かな病室のベッドの上で、陽介に微笑みを向けた。窓の外では春の風が桜の花びらを運び、まるで雪のように降り積もっている。芽衣は一週間前に交通...
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#340 正しい歴史

「じゃあ、このページを開いて。今日は江戸時代の終わりから明治時代の始まりについて勉強するぞ」歴史の授業。いつもと変わらぬ風景のはずだった。俺は教科書を開き、指定されたページを見た。——そこで、目が止まった。『江戸幕府は宇宙進出を試みたが、技...
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#337 カウンターの男

「信じてもらえないかもしれないけど、このバーに幽霊がいるって知ってるか?」隣の席の男が唐突に話しかけてきた。その夜、僕はいつものように馴染みのバーで一人、静かな時間を楽しんでいた。彼の声は静かな店内にしっくりと馴染み、不思議な雰囲気を作り出...
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#332 桜憑き

満開の桜並木をぼんやりと眺めていた。風に吹かれ、花びらがひらひらと舞う姿が美しい。「綺麗だな……」呟きながら目を細めていたら、強い風が吹きつけてきて、思わず目を閉じた。次の瞬間、奇妙な感覚に襲われた。体が軽く、小さくなったような気がする。ゆ...
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#330 迷宮のうた

目を開けると、石の天井があった。ひんやりとした空気と、かすかに漂う鉄と苔の匂い。私は、なぜここにいるのかも思い出せないまま、立ち上がった。四方を囲むのは、重厚な石の壁。奥へと続く一本の通路があり、私は迷うことなくそこを歩き出した。歩き続ける...