不思議な話

ちいさな物語

#009 透明な涙を流す獣

仕事帰り道でのことだ。急いでいる時は森の横道を通る。いつもなんてことはない田舎道なのだが、その日は違った。静寂の中、不意に低く響く鳴き声が聞こえる。見渡すと木々の間に光るものがあった。恐る恐る近づくと、そこには見たこともない生き物がいた。体...
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#008 無限こたつ

家族四人で囲むこたつ。テーブルの上には湯気の立つ土鍋と、ごく普通だけど魅力的な具材が並んでいる。僕はデザートにと出してきたみかんを片手に、鍋が煮えるのを待っていた。「このこたつ、居心地いいよね」と妹もみかんをもてあぞびながら言った。僕も同意...
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#007 火星ステーションの事件

あれは確か、火星への2回目の赴任だったと思う。えーっと、地球の暦に換算すると……まあ、とにかく、あの時のことを話そう。火星ステーションに配属されてからというもの、日々の作業に追われていた。酸素濃度の管理、通信設備のメンテナンス、あとは食料の...
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#006 あなたのもとへ

あれはもう5年くらい前のことだ。最初にその手紙が届いたのは。ポストを開けたらちょっと古びた封筒が入っててさ。宛名が普通じゃなかったんだ。「いつかあなたのもとへ」ってだけ書いてある。差出人はなかった。中を開けると、薄い便箋に短い文章が書いてあ...
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#005 最後の一杯

禁酒を決めたのは昨日のことだ。だが、今日の晩酌だけは例外にしてやろうと、最後の一杯を注いだ。最後を飾るのにふさわしい酒を昼に準備しておいたのだ。やはり禁酒にも儀式めいた何かが必要だろうと突然思いついたのだ。だが、この一杯で今度こそ終わり。明...
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#001 蝶々

今思えば夢だったかもしれない話なんだけど、それでもいいかな。あれは、まだ子供のころだった。えーっと、確か夏休みが終わる頃だったと思う。私の家は田舎にあって、周りには大きな森が広がっていた。普段から森で遊ぶことが多かったんだけど、その日はちょ...