不思議な話

ちいさな物語

#309 鐘のない鐘楼

昔々、とある小さな村に、一つの大きな時計塔があった。村のどこからでも見えるその塔は、長い年月を刻み続け、村人たちの生活を支えていた。だが、この時計塔には奇妙な噂があった。「どれだけ階段を登っても、鐘楼にはたどり着けない」村人たちは子供の頃か...
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#305 視えぬ男

霊能者・桐山一郎はその名を全国に轟かせていた。迷える人々に救いの言葉を与え、霊を視る能力を持つと言われていた。予約は数年先までいっぱいになり、それでも相談したいという者が後を絶たなかった。「あなたの背後に憑いている女性の霊ですね。彼女は寂し...
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#304 地底湖の夢

きみは、地底湖って聞いたことあるかい?いや、ただの地下水や洞窟の湖じゃないんだ。本当に「誰も知らない地底の湖」の話さ。これは、ずいぶん昔、ぼくの伯父が地下鉄工事の現場で体験した出来事なんだ。もう時効だろうって話してくれた。そのころ、都会の真...
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#302 龍の谷

昔々、とある山奥に小さな村がありました。その村の近くには深い谷があり、そこには龍が棲むと言われておりました。村人たちは昔から、その龍の怒りを鎮めるために若い娘を谷に捧げる風習がありました。「龍の怒りに触れてはならぬ」と、年寄りは口々に言い、...
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#300 百年茶のひととき

古びた骨董店で、趣深い茶器を見つけた。棗(なつめ)、いや、茶入れと呼ぶのか。持ち上げてみると中身が入っているような様子だった。「これ、中はどうなっているんですか?」店主はかなり高齢で、茶器を見ると不思議なものを見るように目を丸くした。「おや...
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#299 色のある場所

そのチラシを最初に見たのは駅前だった。何気なく拾ったそれが、まさかこんなことになるなんて、あのときの自分は思いもしなかったんだ。拾い上げてみると、「あなたの求める答えがここにあります」という一文と、下部に手書きで書かれた住所だけ。それ以外の...
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#294 三つの扉

古い屋敷の奥、埃まみれの廊下の突き当たりに、三つの扉が静かに並んでいた。噂には聞いたことがあったが、本当にあるとは思わなかった。金色、銀色、そして黒――いずれも古びた装飾がなされているが、妙に目を引く輝きを放っている。私は親戚の遺品整理の手...
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#292 始祖鳥の夜間飛行

それは、ひっそりと静まり返った夜の博物館で起きた。展示室の奥、始祖鳥の骨格標本が眠るガラスケースの前を、夜警の坂本は巡回していた。ほんの僅かな違和感――空気の流れがわずかに変わったかのような感覚が、彼の足を止めさせた。懐中電灯の光を向けると...
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#291 小さな木こりと白い狼

むかしむかし、ある深い山奥の村に、力のない小さな木こりがおったんじゃ。名前を吾作というてな、村で一番ちっこい身体じゃったが、働き者で心根の優しい男じゃった。ある日、吾作が山で道に迷ってしまったんじゃ。日も暮れかけ、途方に暮れておったところ、...
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#286 保留音の向こう側

「少々お待ちください」取引先の受付の女性にそう言われ、俺は電話の受話器を肩に挟んだまま、机の上の資料をめくっていた。特別なことではない。電話越しには、よくある電子音のメロディが流れている。月曜の午後、少し眠い頭で、ついBGMのように流してい...