2025-03

ちいさな物語

#119 隣の家の花

俺が住んでいるのは、普通の住宅街だ。静かで、のどかで、特に変わったこともない。そう思っていた。あの花を見るまでは。隣の家の庭には、大きな花が咲いている。鮮やかな赤色で、肉厚の花びらが妙に生々しい。南国のジャングルに咲いていそうなイメージだ。...
ちいさな物語

#118 エビフライ・エクスプロージョン

その日は、朝からもう散々だった。目覚ましは鳴らないし、シャワーのお湯は出ないし、家を飛び出したら豪雨だし、あげく電車は遅延。やっとの思いで会社にたどり着いたら、ちょうどお昼休みが始まっていた。どうせ残業分がたまってたし、フレックスを利用した...
イヤな話

#117 やさしすぎるブラック企業

「世界で一番やさしいブラック企業、か……」ユウマはスマホの画面を見つめながら呟いた。求人サイトで偶然見つけたその会社の募集要項には、こう書かれていた。・未経験歓迎! 学歴不問! やさしく指導します!・24時間365日勤務可能な方歓迎!・休日...
ちいさな物語

#116 開けてはいけない

「古い家なので、あまりそこら中あけたてしない方がいいですよ」不動産屋は鍵を渡すとき、なんだか歯切れの悪い言い方で忠告してきた。古い平屋の一軒家。築100年以上という、味のある古民家だ。確かに派手にいじりまわすと普請が必要になるかもしれない。...
ちいさな物語

#115 ダンジョン・エスコートサービス

「いらっしゃいませ、本日は『ダンジョン・エスコートサービス』をご利用いただき、誠にありがとうございます」赤い口紅が映える艶やかな微笑みを浮かべ、案内人の女性が客人を迎えた。彼女の名はレイナ。かつては名の知れた魔法剣士だったが、現在はこの「ダ...
SF

#114 星のさざ波

――宇宙の果てには、奇妙なものが転がっている。銀河系を越え、まだ名もついていない星雲を渡り歩く旅商人ルカには、そう確信する理由があった。彼の相棒は陽気なアンドロイド、アーロ。表情こそ微妙にぎこちないが、ジョークのタイミングは抜群で、冷めきっ...
ちいさな物語

#113 満月の神渡し

昔々のとある山深い村の話だ。この村には、古くからの掟があった。「満月の夜、決して外へ出てはならぬ」子どもも大人も、この掟を守るのが当たり前だった。理由を尋ねると、年寄りたちは口を揃えて言った。「その夜は神が通る。もし鉢合わせすれば、二度と戻...
ちいさな物語

#112 宙を泳ぐ魚

古びた食堂のカウンターに座り、俺は旬の焼き魚定食を前にした。魚の種類が季節によって変わる人気の定食だ。脂ののった焼き魚が湯気を立て、芳ばしい香りを漂わせている。箸を持ち、ふっくらしたその身をほぐそうとした、その瞬間だった。魚の体が微かに震え...
ちいさな物語

#111 致命的なタイプミス

「このキーボードは、打った言葉を現実にする」店主にそう言われて、俺は半信半疑でその黒いキーボードをながめる。古道具屋にキーボードというのがめずらしくて、俺はそれを手に取っていた。どこにでもある普通のキーボードと変わらない。ただ、モニターにつ...
ちいさな物語

#110 回る歯車

俺の仕事は単純だった。作業場に入る。機械の前に立つ。決められたタイミングでレバーを引く。それだけだ。俺が引くレバーに連動して、巨大な歯車がゆっくりと回り始める。最初は重たそうに軋むが、やがて安定し、規則正しいリズムを刻む。そして俺は決められ...