ちいさな物語 #286 保留音の向こう側 「少々お待ちください」取引先の受付の女性にそう言われ、俺は電話の受話器を肩に挟んだまま、机の上の資料をめくっていた。特別なことではない。電話越しには、よくある電子音のメロディが流れている。月曜の午後、少し眠い頭で、ついBGMのように流してい... 2025.06.16 ちいさな物語不思議な話
ちいさな物語 #285 その花はなぜ名を呼ぶのか 「人間の名前を呼ぶんだってよ、その花」古びた山小屋でそう言ったのは、古くから馴染みのある植物学者の楠木だった。彼は湯気の立つマグカップを手に、どこか遠くを見るような目をしていた。「咲いたら最後、呼ばれる」場所は、東北の山奥にある無名の谷。地... 2025.06.14 ちいさな物語不思議な話
ちいさな物語 #284 羅針盤の指す方 あの日、終電を逃してしまい、人気のない路地を歩いていた。街灯は薄暗く、遠くから犬の鳴き声が響くだけだった。そんな中、足元で何かが光った。拾い上げると、それは古いコンパスだった。いや、アンティークのような洒落たデザインでコンパスというよりは羅... 2025.06.13 ちいさな物語不思議な話
ちいさな物語 #283 笑いの通り魔 「あの『笑いの通り魔』って、実は幽霊らしいよ」そんな話を聞いたのは数日前、会社帰りの居酒屋だった。街で噂の『笑いの通り魔』とは、夜道を一人で歩いていると、突然現れてジョークを叫び、人を笑わせて去っていくという謎の存在らしい。物騒な話ならごめ... 2025.06.13 ちいさな物語不思議な話
ちいさな物語 #282 増殖するこけし 「これ、もらってくれる?」隣に住むおばあさんがそう言って、僕に一体のこけしを手渡してきた。手のひらサイズの、素朴で、わずかに微笑を浮かべたような顔のこけし。「昔、部屋に置き場所がなくなってしまってねぇ」と、おばあさんはにこやかに言った。僕は... 2025.06.12 ちいさな物語怖い話
ちいさな物語 #281 前の席のお客さま、くつろぎすぎです 乗り込んだ新幹線は、ほぼ満席だった。指定席に座って一息つくと、前の席に座った乗客がすぐさまリクライニングを倒した。「おっ、随分と豪快だな……」私は少し窮屈になったスペースで、心の中で呟いた。気になって目を上げると、前の席の乗客は窓際の席に悠... 2025.06.12 ちいさな物語変な話
ちいさな物語 #280 冷蔵庫の中の今日も談論風発 夜、冷蔵庫を開けると中から声がした。「議長、そろそろ本日の討議を始めませんか?」私は一瞬、ドアを閉めて深呼吸し、再び冷蔵庫を開けた。牛乳パックの隣で、タマゴパックがカタカタ震えている。「時間です、議長!」議長? 誰だよ。首を伸ばして冷蔵庫を... 2025.06.11 ちいさな物語変な話
ちいさな物語 #279 スーパーマーケットの地下 その日、私はいつものように仕事帰りにスーパーに立ち寄った。時計の針は夜九時少し前を指し、閉店間近の合図である「蛍の光」が静かに流れている。慌てて食材を選んでいると、野菜売り場の端に、見慣れない小さな看板が目に入った。『地下フロア行きはこちら... 2025.06.11 ちいさな物語怖い話
SF #278 防犯カメラの目論見 地元のショッピングモールでは、防犯カメラの異常が頻繁に起きていた。この防犯カメラはAIが搭載された最新型だったが、高級なため、たった一台しか導入されていなかった。深夜、誰もいないフロアで勝手に動き出し、人のいない方向を執拗に見つめるのだ。設... 2025.06.10 ちいさな物語SF
ちいさな物語 #277 黒幕のいる地下 大学生活にも慣れてきたある日、僕はちょっと変わった求人広告を見つけた。『黒幕募集:簡単なお仕事です。偉そうに座って、「ククク」と笑うだけ。全身を黒塗りにします。時給1200円。交通費支給』気になる。「黒幕」という響きと「時給1200円」のミ... 2025.06.10 ちいさな物語変な話