2025-07

ちいさな物語

#314 地球防衛はベランダから

その猫は急に現れたんだ。ベランダでふてぶてしく尻尾を振っているのを見つけたとき、最初はただの野良猫だと思った。だけど、目が合った瞬間、妙な感覚が走った。「おい。お前、聞いてるか?」猫が口を開いて言葉を発したとき、心臓が止まりそうになったよ。...
ちいさな物語

#313 扉の向こう、夕陽の果て

残業につぐ残業。しかし労働環境がブラックといわれると、そこがすごく曖昧だ。有給は頑張ればなんとか取れる。上司は厳しいが、ぎりぎり常識の範囲内。ただ、人手不足なのか、残った人員への仕事は日に日に増えていく。いっそ笑えるくらいのブラックな環境で...
ちいさな物語

#312 空のリモコン

その朝、窓の外には青空が広がっていた。夜の間に雨が降っていたはずだが、地面は乾ききっていて、木々の葉もさらさらと風に鳴っている。広瀬尚人は、いつもより軽い足取りで階段を降り、テレビのリモコンを手に取った――が、実はそれはテレビのリモコンでは...
SF

#311 彗星が落ちたあとの話

彗星が落ちたという丘に足を踏み入れたのは、夏の終わりだった。丘には不自然なくぼみがあり、その底で一人の少女が空を見上げている。その光景はかなり奇妙だったが、なぜか僕は怖くなかった。「君、大丈夫?」声をかけると少女はゆっくりと振り返った。月の...
ちいさな物語

#310 日記の中の声

休日の午後、僕は人気のない公園を散歩していた。公園の隅にある古びたベンチに腰を下ろそうとしたその時、視界の端に赤い革表紙の日記が入ってきた。その日記には、飾りもタイトルもなく、ただ中央に黒い字で『開くな』と書かれている。「開くなって書かれる...
ちいさな物語

#309 鐘のない鐘楼

昔々、とある小さな村に、一つの大きな時計塔があった。村のどこからでも見えるその塔は、長い年月を刻み続け、村人たちの生活を支えていた。だが、この時計塔には奇妙な噂があった。「どれだけ階段を登っても、鐘楼にはたどり着けない」村人たちは子供の頃か...
ちいさな物語

#308 最強バカップル

日曜日の昼下がり、僕はカフェでのんびりとコーヒーを飲んでいた。窓際の席で外を眺めながらぼんやりしていると、向かいの広場に尋常じゃないほど目立つ二人組が現れた。それはまさに「バカップル」と呼ぶにふさわしい光景だった。まず、二人ともお揃いの派手...
ちいさな物語

#307 虹の終点、ランティス渓谷で

僕らの旅は風まかせ。一応、冒険者を名乗っているが、危険なことは一切しない。いつも前を歩くのは快活なカナ、風景をスケッチするのは双子の妹のリナ、そして僕――地図と胃袋を預かっている。ほんのちょっとだけ剣が扱えなくはないが、この旅に出てから一度...