薄暗い蔵の片隅に、埃を被った古い木箱が置かれていた。箱の表面には奇妙な紋様が彫られ、鍵穴には古びた錠が掛かっている。この蔵を相続した青年直人は、祖父の遺品を整理している最中にその箱を見つけた。箱には紙切れが貼られ、「決して開けるな」とだけ書かれている。
だが、直人はどうしてもその中身が気になった。祖父は何を隠していたのか?
どうしてそこまで固く口を閉ざしていたのか?
好奇心に駆られた彼は、知人の鍵屋に相談し、夜遅く、誰にも見られないよう蔵に戻った。
静まり返った蔵で、直人は息を詰めて錠を外し、箱の蓋に手をかけた。何かが自分を見ているような不気味な感じがする。
「少しくらいなら大丈夫だ」と自分に言い聞かせながら、蓋を少しだけ持ち上げる。だが、その瞬間、蔵中に冷たい風が吹き抜け、背筋が凍るような囁き声が耳元で聞こえた。
「開けるなといったのに……」
驚いて箱を閉じようとしたが、まるで何かに引っ張られるかのように蓋は逆に勢いよく開いた。箱の中から黒い靄が噴き出し、直人を包み込む。「なんだ!?」目の前に浮かび上がったのは、人間とも獣ともつかない異形の影だった。それはゆっくりと形を変えながら、笑みとも苦悶とも取れる表情を次々と浮かべる。
「そっとしておけばよかったのに……」
直人の姿は蔵から消えていた。翌朝、蔵を訪れた家族が見つけたのは、再び封じられた木箱だけだったという。そして箱には、新たな紙切れが貼られていた。
「決して開けるな。二度と。」
箱はそのまま蔵に放置された。たまに興味を持ったものが手にすることがあったが、箱の周りで何かが「そっと、そっと」と、囁く声が聞こえるのだという。やがて気味悪がって箱に近づく者は誰もいなくなった。
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