ちいさな物語

#290 繰り返される日常アニメからの脱出

目覚めて時計を見ると、毎朝決まって午前7時30分。
窓の外では必ず同じ小鳥がさえずり、同じ車が家の前を通る。「あれ、今日も昨日と同じだな」最初はそんなもんかと思っていた。しかし、何日経っても何も変わらない。学校に通い、同じ友達と話し、同じよ...
ちいさな物語

#289 俺は勇者の仲間になりたかった

俺は勇者に憧れていた。子供の頃からのゲームオタクで、勇者たちの冒険物語に夢中。いつか必ず勇者の仲間として魔王を倒す――その夢を叶えるために、俺は可能な限りあらゆる修行を積んだ。そして、交通事故からの異世界転生と、とんとん拍子に話は進む。転生...
SF

#288 宇宙人だらけのブラック企業

念願の就職先が決まった。あこがれだったIT企業。だが、初日から違和感だらけだった。朝の朝礼では、全員が大きな声で「ビジネス! 宇宙! 発展!」と叫ぶ。何かの冗談かと思ったが、誰も笑わない。会議室のホワイトボードには見慣れぬ記号と数字の羅列。...
ちいさな物語

#287 洗面器の中の声

「うわっ、なんでお前、洗面器かぶってんだよ!」深夜のコンビニ、俺の目の前に現れたのは大学の友人・拓也だった。いつもは理論派で冷静沈着。課題提出前でもテンパることのない男が、堂々と洗面器を頭にかぶって突っ立っていた。「え? お前、何やってんの...
ちいさな物語

#286 保留音の向こう側

「少々お待ちください」取引先の受付の女性にそう言われ、俺は電話の受話器を肩に挟んだまま、机の上の資料をめくっていた。特別なことではない。電話越しには、よくある電子音のメロディが流れている。月曜の午後、少し眠い頭で、ついBGMのように流してい...
ちいさな物語

#285 その花はなぜ名を呼ぶのか

「人間の名前を呼ぶんだってよ、その花」古びた山小屋でそう言ったのは、古くから馴染みのある植物学者の楠木だった。彼は湯気の立つマグカップを手に、どこか遠くを見るような目をしていた。「咲いたら最後、呼ばれる」場所は、東北の山奥にある無名の谷。地...
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#284 羅針盤の指す方

あの日、終電を逃してしまい、人気のない路地を歩いていた。街灯は薄暗く、遠くから犬の鳴き声が響くだけだった。そんな中、足元で何かが光った。拾い上げると、それは古いコンパスだった。いや、アンティークのような洒落たデザインでコンパスというよりは羅...
ちいさな物語

#283 笑いの通り魔

「あの『笑いの通り魔』って、実は幽霊らしいよ」そんな話を聞いたのは数日前、会社帰りの居酒屋だった。街で噂の『笑いの通り魔』とは、夜道を一人で歩いていると、突然現れてジョークを叫び、人を笑わせて去っていくという謎の存在らしい。物騒な話ならごめ...
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#282 増殖するこけし

「これ、もらってくれる?」隣に住むおばあさんがそう言って、僕に一体のこけしを手渡してきた。手のひらサイズの、素朴で、わずかに微笑を浮かべたような顔のこけし。「昔、部屋に置き場所がなくなってしまってねぇ」と、おばあさんはにこやかに言った。僕は...
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#281 前の席のお客さま、くつろぎすぎです

乗り込んだ新幹線は、ほぼ満席だった。指定席に座って一息つくと、前の席に座った乗客がすぐさまリクライニングを倒した。「おっ、随分と豪快だな……」私は少し窮屈になったスペースで、心の中で呟いた。気になって目を上げると、前の席の乗客は窓際の席に悠...