ちいさな物語 #376 夏空を渡るクジラ 今年の夏は、どうにも蒸し暑くて、毎日が退屈だった。セミの声ばかりが響く昼下がり、僕は屋上で空を眺めていた。団地の屋上は子供たちの秘密基地だったけれど、このごろは飽きてしまったのか誰も来ない。僕は寝転がって雲を見ていた。白い雲の切れ間に、ぽっ... 2025.08.19 ちいさな物語不思議な話
ちいさな物語 #375 四人目のわたし 夏休みの終わり、私たち小学生四人は、友達の家に集まってお泊まり会をしていた。部屋の床に敷かれたふかふかのクッション、コンビニで買ったお菓子、ポテトチップスの袋、ジュースのペットボトルが散らばる。夏休みだからこそ許される贅沢。いつもなら恋バナ... 2025.08.18 ちいさな物語怖い話
ちいさな物語 #374 花火大会の奇談 もしよかったら、ちょっとだけ私の話を聞いてくれませんか。あの夜、今でも夢か現実か分からないくらい、不思議で忘れられない出来事だったんです。もう何年も前の夏、私は2歳になったばかりの息子を連れて、市の花火大会へ出かけました。夫は数年前に事故で... 2025.08.18 ちいさな物語不思議な話
イヤな話 #373 沈黙のランチ 昼休みのチャイムが鳴ると、私はパソコンを閉じる。ミユキがこちらに歩いてくるのが視界の端に見えた。予想通り、「ランチ行こ」の声。断ろうと思えば断れたのだろう。でもそれも面倒くさかった。ミユキは部署のムードメーカーだとみんな言う。人当たりがいい... 2025.08.13 ちいさな物語イヤな話
ちいさな物語 #372 異国のコイン 朝の通勤途中、電車の座席に腰を下ろしたとき、何気なくズボンのポケットに手を突っ込んだ。指先に触れたのは、冷たく硬い金属の感触だった。取り出してみると、それは見たこともないコインだった。大きさは百円玉ほどだが、妙にずっしりしている。片面には王... 2025.08.12 ちいさな物語不思議な話
ちいさな物語 #371 親切の記憶 すべては仕事帰りの夜だった。今日は妙に体が重かった。コンビニでビールでも買って帰ろうか――そう考えながら、駅から家までの道を歩く。湿った夜風が頬にまとわりつき、足取りは自然と遅くなっていた。そのとき、通りの向こうで何かが動いた。薄暗い街灯の... 2025.08.12 ちいさな物語怖い話
ちいさな物語 #370 台所にいるもの ちょっと……なんというか、地味な話なんだけど、それでもいいかな。あれは、去年の夏の終わりだったと思う。夜中に喉が渇いて、私は水を飲みに台所へ降りた。家の中は蒸し暑く、外の虫の声が障子越しに響いていた。台所の電気はつけなかった。月明かりが窓か... 2025.08.08 ちいさな物語怖い話
ちいさな物語 #369 影喰いの剣 「何か用か? そっちで寝てろよ」レオが焚き火のそばで寝転がりながら、面倒くさそうにぼやいた。俺は苦笑して、その隣に腰を下ろす。「悪いか? お前の相棒の俺がいないと寂しいだろう?」いつものやり取りだ。俺たちが初めて出会ったのは、もう何年も前の... 2025.08.08 ちいさな物語異世界の話
ちいさな物語 #368 執事の長い一日 「お目覚めですか、ご主人様。」そう言ってカーテンを開けた瞬間、私は今日もまた、この屋敷で長い一日が始まるのです。私がこの屋敷で執事として働き始めてから、もう二十年以上が経ちます。最初は若さに任せて何でも完璧にこなそうとしていましたが、すぐに... 2025.08.07 ちいさな物語不思議な話
ちいさな物語 #367 バナナに話しかけられた夜 これは冗談でも何でもなくて、本当にあった話なんだよ。信じる信じないは別として、とりあえず聞いてほしい。昔から、夜になるとなんとなくダイニングテーブルを眺める癖があってね。母親がいつもテーブルの上に果物かごを置いていたから、それがいつの間にか... 2025.08.07 ちいさな物語不思議な話