ちいさな物語

#107 すれ違う女性

毎朝、同じ道で同じ時間に、彼女とすれ違っていた。髪の長い女性で、いつも白いブラウスに黒いスカートを履いている。最初は何とも思わなかったが、何度もすれ違ううちに、彼女の存在が気になり始めた。ある朝、勇気を出して「おはようございます」と声をかけ...
ちいさな物語

#106 コンビニ仙人

深夜のコンビニには、時々変な客がいる。大声で独り言を言いながらおでんを選ぶおじさん。棚の前で微動だにせず立ち尽くす女子高生。酔っ払ってATMと口論しているサラリーマン。まあ、深夜のコンビニなんてそんなものだ。でも、あの仙人は、もっとおかしい...
イヤな話

#105 捕食者の微笑み

私がその女を初めて意識したのは、部署内の歓送迎会の席だった。会社でも評判の美人で、常に誰かと笑顔を交わしている。いつも話題の中心にいて、人を気持ちよくさせる言葉選びが得意な彼女。にこやかな唇の端からこぼれ落ちる声は柔らかく、一度聞いたら忘れ...
ちいさな物語

#104 本棚の迷路と本棚の住人

カズキは、ふと目についた古本屋に立ち寄った。「こんなところに本屋なんてあったっけ?」それは駅前の路地裏にひっそりと佇む店だった。木製の看板にはかすれた文字で「迷文堂」と書かれている。店内に足を踏み入れると、微かにインクと紙の匂いが鼻をくすぐ...
ちいさな物語

#103 声を聞いた者

町の外れには、誰も足を踏み入れたがらない古い建物がある。かつては工場だったというが、倒産後は長らく放置され、壁も床も朽ち果て、鉄骨がところどころ剥き出しになっている。噂によれば、廃墟の奥から夜な夜な人の声のようなものが聞こえるらしい。しかし...
ちいさな物語

#102 地下墓地のともしび

地下墓地の奥深く、エリアスは静かに暮らしていた。彼は幽霊だったが、生前の記憶はほとんどなく、ただ「優しくありたい」という思いだけが胸に残っていた。墓地には時折、弔いや祈りのために人間が訪れる。エリアスはそんな彼らの肩にそっと手を添えたり、冷...
ちいさな物語

#101 チャラ神様のご加護

深夜、人気のない神社の境内。今年こそ、彼女ができますように。鳥居をくぐると、目の前にキラッキラのスーツを着た男がいた。「やっほ~☆ 君、悩みとかあんの?」「……は?」金髪オールバックにサングラス。胸元をはだけさせ、金のネックレスがジャラジャ...
ちいさな物語

#100 夜の王の花嫁

昔々、ある村にアヤという娘がいた。村には不思議な言い伝えがあった。森の奥で、夜にだけ咲く不思議な花があるという。その花を摘めば、一生幸せになれる。アヤはどうしても、その花を見てみたかった。「夜に森へ行くなんて危ないぞ」兄のヨシロウは止めたが...
ちいさな物語

#099 魔王の誕生の日

勇者エリックは、血まみれの剣を握りしめ、玉座の間に立っていた。目の前には、ついに追い詰めた魔王ヴァルゼード。長きに渡る戦いに終止符を打つ時が来た。「ついに貴様を倒す時が来たぞ、魔王!」エリックは剣を構える。魔王は深いため息をつき、玉座にもた...
ちいさな物語

#098 遠い砂漠の湖の歌

砂漠の夜は静かだった。風が砂丘をなめる音と、ラクダのかすかな鼻息。カリムは焚き火を見つめながら、遠くから聞こえる不思議な音に耳をすませた。それは水音だった。この砂漠に水場はない。旅人なら誰もが知っている。だが、確かに聞こえる。ざぶん、ざぶん...