ちいさな物語

#327 赤いラインの傘

昨日の夕方のことだ。ちょっと急いでいて、コンビニの傘立てに置いておいた自分の黒い傘を慌てて掴んで帰ったんだ。家に着いて玄関で傘を開いて確かめてみて驚いたよ。僕の傘じゃなくて、よく似た赤いラインが入ったものだったんだ。「やっちゃったな」と思っ...
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#326 最後のプレイヤー

「世界を賭けたカードゲームだよ」気がついたとき、僕は見知らぬ部屋にいた。薄暗い天井からぶら下がる裸電球が、テーブルの上に鈍い光を落としている。向かいには三人の男が座っていた。テーブルには古びたカードが並び、そのどれもが長い年月そのもののよう...
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#325 森の宴

森の奥で迷ったとき、遠くから楽しげな音楽が聞こえてきました。導かれるように進むと、そこには奇妙な光景が広がっていました。私はその日、特に目的もなく森を訪れただけでした。あえて言うなら、ただ日常から逃げたかったのです。しかしどこかで道を間違え...
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#324 幽霊の相手をするおじさんの話

「あの古びた商店街で見かけるおじさん、なんか普通じゃない気がしてさ。聞いてみたら、幽霊の相手が仕事だって言うんだよ」俺が大学生だった頃、地元に帰るたびに通る商店街があったんだ。昼間でも人通りが少なくて、どこか寂れた感じの場所だった。そこの片...
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#323 共鳴の檻

それは、たまたま見つけた小さなオンラインサロンだった。「ここなら、あなたの本当の声が届く」そんな文句に惹かれ、俺はそのサロンに足を踏み入れた。最初は、心地よかった。誰もが俺の考えに賛同し、意見を交換するたびに「わかる」「その通りだ」「もっと...
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#322 終わらない物語

夜が更けるほどに、私は本の世界に没頭していた。読み進めても読み進めても、物語は終わらない。奇妙な予感が胸をよぎる。古書店で偶然見つけたその本は、表紙に「物語は繰り返される」とだけ書かれていた。著者名も出版社も記されていない、不気味なほど無機...
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#321 赤い目の女

それは突然、小さな村を襲った。ある日、最初の犠牲者が出た。農作業中だった老夫婦の夫が、突然苦しみだし、その日の夜には息を引き取ったのだ。死因はわからず、村でただ一人の医師である私も首をかしげるばかりだった。ただ、死の間際に彼の体には不気味な...
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#320 天使がうちに降りてきた

雲間から一筋の光が降りてきたとき、なんとなく予感があったんだ。「何かが始まるな」ってね。それは、いつもの昼下がりだった。空が急に暗くなったかと思ったら、雲の隙間からまばゆい光が差し込んできた。その光の中に、何かがいた。いや、誰かと言うべきか...
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#319 夜の行商人

夜道を急いでいたら、「おひとついかが?」という声をかけられたんです。振り返ると、そこには異様な雰囲気の行商人が立っていました。月明かりの下で見るその姿は、年齢も性別もよく分からない。影のように痩せ細った体を黒いマントで覆い、顔には深くフード...
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#318 書庫の奥に眠るもの

その書庫は、図書館の地下深くにありました。一般公開されることはなく、特別な許可を得た研究者だけが入ることを許されている場所です。私はある研究のために、特別に入室を許可されていました。薄暗い部屋に並ぶ古い木製の棚は、黴のような匂いを漂わせ、時...