不思議な話

ちいさな物語

#517 黄金の配合

古い家を相続したのは三か月前だった。祖母の家で、子供のころに何度も遊びに来ていたはずなのに、妙に記憶と違っていた。思っていたより大きくない。天井が低い。台所の窓から見える庭も小さく見えた。要するに自分の体の方が大きくなったのだ。祖母とは電話...
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#516 止まった街と時計店

タクマがその店の前を通りかかったのは、深夜一時をすぎた頃だった。飲み会の後、終電を逃し、歩き疲れて、とりあえず足を休めようとしたときだ。ふと視界の端で、時計店のショーウィンドウが光った。正確には、光っている気がした。実際にはネオンサインがぼ...
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#514 午後三時のカラスたち

午後三時、町のスピーカーがいつものチャイムを鳴らすと、カラスたちが電線から一斉に飛びおりた。彼らは咳払いをして、黒い嘴をそろえて前へならえをした。そして音もなく行進を始めた。誰も理由を知らなかったが、誰もがぼんやりとそれを眺めていた。人々は...
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#512 うさぎ道の迷い子

村の外れに「うさぎ道」と呼ばれる地下通路があってね、昔から大人たちは「あそこには入るな」と言っていたんだよ。土の匂いがして、ひんやりとした風が流れていてね、子どもにはたまらない秘密の場所だったんだ。その日もカズと仲間たちは探検に出ていた。と...
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#509 鏡の裏の王国

朝起きて、顔を洗おうとしたら、鏡の中に街が映っていた。最初は、まだ寝ぼけているんだろうと思って、たいして気に留めなかった。だが、しばらく経ってからまた見てみると、そこにまだ街がある。小さな家々が立ち並び、塔のような建物の上で風車が回っている...
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#504 時計屋敷の夢

朝、目覚ましの音で目を覚ました。……はずだった。枕元でベルが鳴っている。だが、体が動かない。目を開けると、見慣れたはずの天井がどこか違う。薄暗い部屋。天井には煤けた模様。布団の下の感触は硬い。ベッドじゃない。古い木の寝台だった。「……夢?」...
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#503 途切れた日

その朝は、特に変わったことなんてなかった。いつも通り、7時にアラームを止め、トーストを焦がし、ニュースアプリを開きながらコーヒーをすする。ただ一つだけ違っていたのは、繁忙期のための十連勤で体がぐだぐだになっていることと、Wi-Fiの電波がや...
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#502 スパムと恋と人工知能

件名は「ご利用口座の安全確認について」だった。よくあるスパムだと思って削除しようとしたが、文末にこう書かれていた。「質問がある場合は、このメールに返信してください」その一文に、ほんの少し興味をひかれた。普通は送信専用のメールだから返信するな...
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#497 春と秋の旅

ある年の冬、空がやけに静かで、雪の粒が音もなく降りつづいていた。春の神と秋の神は、久しぶりに顔を合わせていた。春は淡い桃色の衣をまとい、いつもどこか浮かれている。秋は深い金茶の外套を羽織り、落ち着いた眼をしていた。春が言った。「ねえ、秋。ぼ...
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#496 灰の夜

あれは、北の街道を歩いていたときのことだった。霧が濃く、馬の蹄の音が霞の中に吸い込まれていくような夜だった。宿を探しているうちに道を外れ、気づけば森の中にいた。ふと視界の奥に明かりが見えた。揺らめく何かの光。あんなところに何かあっただろうか...