怖い話

ちいさな物語

#319 夜の行商人

夜道を急いでいたら、「おひとついかが?」という声をかけられたんです。振り返ると、そこには異様な雰囲気の行商人が立っていました。月明かりの下で見るその姿は、年齢も性別もよく分からない。影のように痩せ細った体を黒いマントで覆い、顔には深くフード...
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#318 書庫の奥に眠るもの

その書庫は、図書館の地下深くにありました。一般公開されることはなく、特別な許可を得た研究者だけが入ることを許されている場所です。私はある研究のために、特別に入室を許可されていました。薄暗い部屋に並ぶ古い木製の棚は、黴のような匂いを漂わせ、時...
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#316 刻印を破る夜

もし命と引き換えに望むものが手に入ると言われたら、あなたはどうしますか?その選択を迫られた、あの日のことを今でも覚えています。人生のどん底にいたときです。仕事を失い、借金は膨らみ、家族にも見放され、すべてが終わったような気がしていました。そ...
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#310 日記の中の声

休日の午後、僕は人気のない公園を散歩していた。公園の隅にある古びたベンチに腰を下ろそうとしたその時、視界の端に赤い革表紙の日記が入ってきた。その日記には、飾りもタイトルもなく、ただ中央に黒い字で『開くな』と書かれている。「開くなって書かれる...
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#306 フェイス・オフ

ある晩、私が帰宅すると郵便受けに奇妙な小包が届いていた。差出人は見知らぬ名前。送り状には「人生を変えるチャンスをあなたに」とだけ書いてある。通販か、新手の詐欺だろうか。私は疑いつつも、中身が気になって仕方なく、小包を開けてみた。中には小さな...
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#301 夏祭りの後

夏祭りは毎年家族で行く恒例の行事だった。兄と私は浴衣を着て、母と三人で神社の境内に向かう。兄は射的が得意で、いつも私の分まで景品を取ってくれる優しい人だった。けれどその夜は、兄の様子が少し違っていた。神社の境内は大勢の人で賑わっていた。屋台...
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#298 赤いコートの訪問者

「これ、ほんとに私が体験した話なんですよ。いや、信じてもらえないかもしれませんけどね、あの夜のことは今でも鮮明に覚えてるんです。」その日は夜勤でした。深夜2時を過ぎた頃、ナースステーションの窓をぼんやりと拭きながら外を見下ろしたんです。する...
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#295 月下のマネキンたち

郊外にあるその廃墟は、かつては賑やかな繁華街の中心にあった百貨店の跡地だった。華やかなネオンと人々の活気が溢れていたはずの建物は、今では朽ち果て、ひっそりとした不気味な沈黙に包まれている。この場所には幾つもの都市伝説があった。その真相を確か...
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#282 増殖するこけし

「これ、もらってくれる?」隣に住むおばあさんがそう言って、僕に一体のこけしを手渡してきた。手のひらサイズの、素朴で、わずかに微笑を浮かべたような顔のこけし。「昔、部屋に置き場所がなくなってしまってねぇ」と、おばあさんはにこやかに言った。僕は...
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#279 スーパーマーケットの地下

その日、私はいつものように仕事帰りにスーパーに立ち寄った。時計の針は夜九時少し前を指し、閉店間近の合図である「蛍の光」が静かに流れている。慌てて食材を選んでいると、野菜売り場の端に、見慣れない小さな看板が目に入った。『地下フロア行きはこちら...