ちいさな物語

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#097 ポイント人生

目が覚めた瞬間、頭の中に奇妙な声が響いた。──「おめでとうございます。あなたは人生三周目に突入しました」何だ? 俺は、今、生まれたばかりなのか? 意識だけがはっきりしているが、身体は動かない。赤ん坊だからか? いや、違う。手を見れば、しっか...
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#096 温めますか?

コンビニのレジで、店員の山崎がいつものように尋ねた。夜も遅くなると必ずといっていいほど「温め」が必要なお客がやってくる。そして山崎は「温める」のが嫌いではなかった。たまに失敗もするが、最近は相手の様子をちゃんと見ながら温めれば大きなしくじり...
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#095 真夜中のコインランドリー

深夜に洗濯物を抱えてコインランドリーに入ると先客がいた。こんな時間に人と鉢合わせるのはめずらしい。 男は椅子に座り、手元のスマホをぼんやりと眺めていた。年齢は30代後半くらい、やや痩せた体型で、無精ひげが伸びている。 僕は洗濯機に服を放り込...
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#094 銀色の親友

俺がそいつと出会ったのは、山道の途中だった。「おい、人間。少し手を貸せ」振り向くと、そこには二足歩行の狼がいた。いや、正確には獣人というやつだろう。狼の頭にたくましい体、しかしその毛並みは不思議なほど滑らかで、銀色に輝いていた。「……しゃべ...
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#093 きみの背中

何度も同じ夢を見るようになったのは、ちょうど一年前のことだった。夢の中で、きみは僕の前を歩いている。白いワンピースの裾が、ふわりと揺れる。「待って」呼びかけても、きみは立ち止まらない。それどころか、少しずつ遠ざかっていく。僕は必死に追いかけ...
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#092 言い訳の数

「被告人、あなたは万引きの罪で起訴されていますね?」裁判官の問いに、被告の男は堂々と答えた。「いえ、あれは不可抗力でした。」「不可抗力?」「そうです。ちょうどその日、私のズボンのゴムが緩んでましてね。歩いていたらスルスルっと下がってきたんで...
ちいさな物語

#091 運河をゆく箱

夜の運河は静かだった。黒々とした水面を切り裂くように、小さな舟がゆっくりと進む。船頭は無言で櫂を操り、客はじっと足元の箱を見つめていた。木箱は膝ほどの高さで、ずっしりと重そうだ。縄で厳重に縛られており、持ち主の男はそれを自分の手で舟へと運び...
SF

#090 ネオン街のヘンゼルとグレーテル

ナイトシティのスラム街。そこに生きる者は皆、飢えと暴力に耐えながら暮らしている。ヘンゼルとグレーテルも例外ではなかった。「また、食べ物探しに行くの?」妹のグレーテルが、不安そうに兄のヘンゼルを見上げる。「他に生きる道があるか?」二人は孤児だ...
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#089 あさりの味

海辺の町を訪れたのは、もう何度目だっただろうか。海岸沿い特有の潮風がまとわりつくような空気はやはり体に馴染んでいる。小さな食堂に入り、私は大好きだった“それ”を頼んだ。そう、あさりの味噌汁だ。箸でそっと貝殻を持ち上げる。殻の内側はつるりとし...
イヤな話

#088 並ばない女

コンビニのレジに並んでいたときだった。俺の前には三人、後ろにも二人。昼時だから多少待つのは仕方ない。そう思っていた矢先——横から女がスッと入り込んだ。彼女は一瞬の迷いもなく、まるでそこが自分の当然の場所であるかのように、俺の前に立った。「お...