ちいさな物語

ちいさな物語

#095 真夜中のコインランドリー

深夜に洗濯物を抱えてコインランドリーに入ると先客がいた。こんな時間に人と鉢合わせるのはめずらしい。 男は椅子に座り、手元のスマホをぼんやりと眺めていた。年齢は30代後半くらい、やや痩せた体型で、無精ひげが伸びている。 僕は洗濯機に服を放り込...
ちいさな物語

#094 銀色の親友

俺がそいつと出会ったのは、山道の途中だった。「おい、人間。少し手を貸せ」振り向くと、そこには二足歩行の狼がいた。いや、正確には獣人というやつだろう。狼の頭にたくましい体、しかしその毛並みは不思議なほど滑らかで、銀色に輝いていた。「……しゃべ...
ちいさな物語

#093 きみの背中

何度も同じ夢を見るようになったのは、ちょうど一年前のことだった。夢の中で、きみは僕の前を歩いている。白いワンピースの裾が、ふわりと揺れる。「待って」呼びかけても、きみは立ち止まらない。それどころか、少しずつ遠ざかっていく。僕は必死に追いかけ...
ちいさな物語

#092 言い訳の数

「被告人、あなたは万引きの罪で起訴されていますね?」裁判官の問いに、被告の男は堂々と答えた。「いえ、あれは不可抗力でした。」「不可抗力?」「そうです。ちょうどその日、私のズボンのゴムが緩んでましてね。歩いていたらスルスルっと下がってきたんで...
ちいさな物語

#091 運河をゆく箱

夜の運河は静かだった。黒々とした水面を切り裂くように、小さな舟がゆっくりと進む。船頭は無言で櫂を操り、客はじっと足元の箱を見つめていた。木箱は膝ほどの高さで、ずっしりと重そうだ。縄で厳重に縛られており、持ち主の男はそれを自分の手で舟へと運び...
SF

#090 ネオン街のヘンゼルとグレーテル

ナイトシティのスラム街。そこに生きる者は皆、飢えと暴力に耐えながら暮らしている。ヘンゼルとグレーテルも例外ではなかった。「また、食べ物探しに行くの?」妹のグレーテルが、不安そうに兄のヘンゼルを見上げる。「他に生きる道があるか?」二人は孤児だ...
ちいさな物語

#089 あさりの味

大好きだったあさりの味噌汁。なのに、もう、あの味がわからない。失われていくのは、味か、それとも——。
イヤな話

#088 並ばない女

コンビニのレジ。横から、ひとりの女がためらいもなく割り込んできた。まるで、そこが自分の場所だと信じきったように。
ちいさな物語

#087 祖母のわらび餅

夏になると祖母が手作りのわらび餅を作ってくれた。冷たい井戸水で締めたそれは、ぷるんと透き通り、きなこと黒蜜がたっぷりかかっていた。口に入れると、まるで澄んだ水のかたまりのように清らかな味がする。「おばあちゃんのわらび餅って、なんだか夢みたい...
ちいさな物語

#086 わたしを知っていますか

その日、僕は大きなスクランブル交差点にいた。青信号に変わると、群衆が一斉に動き出す。まるで波のように人が押し寄せ、すれ違い、散らばっていく。そんな中、僕はふと足を止めた。向こう側から歩いてくる一人の女性と目が合ったのだ。一瞬、時間が止まる。...