ちいさな物語

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#506 眠れない羊の夜

その話を誰にしても、みんな笑って信じちゃくれないんだ。でも俺にとっては、あれは確かに起きたことなんだよ。最初の夜は、ただ眠れなかっただけだった。蒸し暑くて、枕の中までじっとりしててな。寝返りばかり打ってるうちに、気づいたら真夜中になってた。...
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#505 巨人の肩

あれはもう十年以上前のことだ。俺とカイルはまだ少年で、夢と好奇心ばかりを追っていた。村の北の森の奥に、巨大な人の形をした岩があることは、誰もが知っていた。「巨人の遺骸だ」「いや、古代の神が化けた石像だ」「中には財宝がある」そんな噂ばかりが広...
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#504 時計屋敷の夢

朝、目覚ましの音で目を覚ました。……はずだった。枕元でベルが鳴っている。だが、体が動かない。目を開けると、見慣れたはずの天井がどこか違う。薄暗い部屋。天井には煤けた模様。布団の下の感触は硬い。ベッドじゃない。古い木の寝台だった。「……夢?」...
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#503 途切れた日

その朝は、特に変わったことなんてなかった。いつも通り、7時にアラームを止め、トーストを焦がし、ニュースアプリを開きながらコーヒーをすする。ただ一つだけ違っていたのは、繁忙期のための十連勤で体がぐだぐだになっていることと、Wi-Fiの電波がや...
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#502 スパムと恋と人工知能

件名は「ご利用口座の安全確認について」だった。よくあるスパムだと思って削除しようとしたが、文末にこう書かれていた。「質問がある場合は、このメールに返信してください」その一文に、ほんの少し興味をひかれた。普通は送信専用のメールだから返信するな...
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#501 街路樹の下

うちの近くの通りに、一本だけ妙な街路樹がある。並木道の中で、そこだけ異様に草が生い茂っていた。夏でも冬でも、いつもあの一角だけ、濃い緑色をしている。最初に気づいたのは、去年の秋だった。通勤の帰り道、街灯の下で足元の草がふっと動いた。風なんて...
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#500 引っ張る

重いものを引っ張っている夢を、俺は定期的に見ている。季節に関係なく、年に三、四回ほど。体感では汗だくになっているのに、目が覚めると何ともなっていない。ただ不思議と筋肉痛にはなっている。夢の中では、俺はいつもロープを握っている。先は見えない。...
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#499 影を狩る者たち

俺の名前はリアン。ここでは、俺のような人間を「狩人」と呼ぶ。ただし獣ではなく、森の化物を狩るための狩人だ。この村では、人が生まれると同じ日に犬が一匹生まれる。生まれた人と犬は対(つい)と呼ばれ、どちらかが死ねば、もう一方も同時に死ぬ。だから...
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#498 天国について

「なあ、俺にとっての天国ってなんだと思う?」朝の喫茶店で、唐突に松田が言った。俺と坂口はコーヒーを飲みかけたまま顔を見合わせた。「いや、知らんけど」「そういうのは自分で考えるもんじゃないの?」松田は深刻な顔でうなずいた。「そうだな。でも俺、...
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#497 春と秋の旅

ある年の冬、空がやけに静かで、雪の粒が音もなく降りつづいていた。春の神と秋の神は、久しぶりに顔を合わせていた。春は淡い桃色の衣をまとい、いつもどこか浮かれている。秋は深い金茶の外套を羽織り、落ち着いた眼をしていた。春が言った。「ねえ、秋。ぼ...