ちいさな物語

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#519 隣の鳩

ベランダや手すり、エアコンの室外機、その隅々まで白や灰色の斑点が散らばっている。昨日の夕方に掃除したばかりなのに、もうこんなに汚れている。「チッ……」俺は舌打ちして窓を閉めた。原因はわかっている。隣に住む、あのじじいだ。じじいのベランダには...
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#518 浮かんだ数字

いや、これは本当にあった話なんだ。冗談に聞こえるかもしれないけれど、今でも思い出すと背筋が冷える。最初にそれに気づいたのは、会社帰りのコンビニ前だった。コンビニから出てくる人の頭の上に、数字が浮かんでいたんだよ。薄く揺れる赤い光の「23」と...
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#517 黄金の配合

古い家を相続したのは三か月前だった。祖母の家で、子供のころに何度も遊びに来ていたはずなのに、妙に記憶と違っていた。思っていたより大きくない。天井が低い。台所の窓から見える庭も小さく見えた。要するに自分の体の方が大きくなったのだ。祖母とは電話...
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#516 止まった街と時計店

タクマがその店の前を通りかかったのは、深夜一時をすぎた頃だった。飲み会の後、終電を逃し、歩き疲れて、とりあえず足を休めようとしたときだ。ふと視界の端で、時計店のショーウィンドウが光った。正確には、光っている気がした。実際にはネオンサインがぼ...
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#515 佐藤事変

駅前の小さな公園に、佐藤が5人そろったのは偶然だった。正確には、偶然という言葉では足りない。「必然だったけれど、理由は存在しない」という、哲学者なら小躍りしそうな種類の現象だった。最初は、ただ同じ名字の者同士(当人たちはそれを知らない)が、...
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#514 午後三時のカラスたち

午後三時、町のスピーカーがいつものチャイムを鳴らすと、カラスたちが電線から一斉に飛びおりた。彼らは咳払いをして、黒い嘴をそろえて前へならえをした。そして音もなく行進を始めた。誰も理由を知らなかったが、誰もがぼんやりとそれを眺めていた。人々は...
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#513 深夜二時の動画

夜中の二時、眠れなくて動画サイトをだらだら眺めていたんだ。その時、妙に古びたサムネイルが目に入った。「絶対に見てはいけない映像」こういう大袈裟なのは大抵釣りだろうって、軽い気持ちで再生したんだよ。映像は暗く、ノイズだらけだった。廃屋みたいな...
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#512 うさぎ道の迷い子

村の外れに「うさぎ道」と呼ばれる地下通路があってね、昔から大人たちは「あそこには入るな」と言っていたんだよ。土の匂いがして、ひんやりとした風が流れていてね、子どもにはたまらない秘密の場所だったんだ。その日もカズと仲間たちは探検に出ていた。と...
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#511 側溝の住人

最初にそれを見たのは、長雨があがった後の湿気の多い朝だった。通勤前に家の前を掃いていたら、足元の側溝のフタがガタリと動いた。猫でも入り込んだのかと思って覗きこむと、そこから人の頭がぬっと出てきた。「うわっ!」とのけぞった俺に何食わぬ顔で「お...
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#510 階段に海苔巻き

最初に違和感を覚えたのは、駅の階段の踊り場だった。朝のラッシュ、足元を見たとき、そこに海苔巻きが落ちていた。一本まるまる、きれいにラップで包まれている。誰かが昼食用に持ってきたものを落としたんだろうと思った。しかし、踏まれも汚れもしていない...