ちいさな物語

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#366 サレムの市の砂時計師

あれはもう何年も前の話になるけど、今でも時々ふと思い出すことがあるんだ。ちょっと不思議な話で、信じてくれるかどうか分からないけどさ。俺が旅をしていた頃のことだ。あの頃は、あてもなく旅をするのが好きでね、
知らない街を訪ねては、数日間過ごして...
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#365 バグに気づくな

大学を出て、久しぶりに地元に戻ったのは夏祭りが近い頃だった。懐かしい町並みに、見慣れないカフェだけがひときわ目立っていた。ふと立ち寄ったその店で、俺は信じられない光景を目にした。カウンターでアイスコーヒーを注文しているのは、高校時代に交通事...
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#364 放課後の消失点

夕陽が校舎を赤く染める頃、私はひとり屋上のフェンスに寄りかかっていた。風は冷たく肌を刺すようだった。何もかもが微妙にズレてうまくいかない。クラスのいじめを傍観している。成績は中の中から上がりも下がりもしない。部活動も楽しいとは思えない。友達...
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#363 朝活のテーマ

朝5時、都内のとあるカフェ――。夜明け前の静寂を破るべく、今日も「意識高すぎるサラリーマン」たちがぞろぞろとやって来る。スーツ、MacBook、論文プリント、手描き図解、タブレット端末、プロテインのボトル。「おはようございます、今日も『朝』...
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#362 迷宮の宝

迷宮の奥へ進むたび、空気が冷え込み、静寂が耳を刺す。だが私は剣を握りしめ、歩を止めなかった。いまさら引き返すことなどできない。目指すは、どんな病をも癒やすという伝説の宝――。病みついた妹のために絶対に必要なものだった。三日前、村の酒場で老騎...
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#361 お揃いですね

電車の中で、隣に座った女性が俺と同じスマホケースを使っていることに気づいた。(まあ、よくあるデザインだし、偶然か)そう思いながらスマホをいじっていると、その女性がチラリとこちらを見て微笑んだ。「お揃いですね」なんとなく気恥ずかしくなり、「そ...
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#360 泥だらけの勇者

それは雨上がりの午後のことだった。村外れの道を歩いていると、急に前方の草むらからガサガサという音がして、泥だらけの男が現れた。ぼさぼさの髪、傷だらけで泥まみれの鎧、背中にはいかにも立派な剣。見た目はどう見ても冒険者……いや、それ以上の存在感...
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#359 夜店の闘魚

夏祭りの金魚すくいは、いつもと変わらない賑やかな光景だった。ちょうちんの淡い明かりが照らす水槽には、赤や黒、オレンジや白の金魚たちがゆらゆら泳いでいる。子どもたちは夢中になってポイを水中に差し込み、慎重に金魚をすくっては歓声を上げた。だが、...
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#358 コンビニ夜勤は満員御礼

「夜勤って静かで楽だよ」バイト初日にそう言い切った先輩の顔を思い出しながら、タケダはため息をついた。現在、午前0時3分。商店街の端っこにある我らがコンビニ「まるまるマート」。世の中のほとんどが寝静まるこの時間、なぜかこの店だけは常連たちのア...
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#357 ベルトコンベアーのむこう

カシャン、カシャン――鉄と油の匂いに満ちた空間で、単調な音が絶え間なく続いていた。僕の仕事は単純だ。ベルトコンベアーに乗って流れてくる部品に、指定された部品を取り付けるだけ。スパナを握り、ボルトを締め、電動ドライバーでネジを打つ。流れ作業。...