ちいさな物語

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#214 見える

「ねえ、私、幽霊が見えるんだよ」そう言ったのは、友達の茉莉だった。放課後の教室。西日が斜めに差し込み、机の影が長く床を這っていた。私は茉莉のその言葉に、何も言わずに頷いた。肯定でも、否定でもない、ただの曖昧な反応。「廊下の突き当たり、非常階...
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#213 神さまの座布団

これはの、わしのばあちゃんが、そのまたばあちゃんから聞いたという話じゃ。昔々、山のふもとに「木長こなが村」っちゅう、小さな村があったんじゃ。田んぼと畑と、ちょっとした神さまがおるだけの、静かなところじゃった。この村ではな、毎年秋になると「神...
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#212 四つ足

その道は、職場からアパートへの帰り道にある。駅前の明るい通りを抜け、スーパーの裏手を通り、古びた橋を渡って、神社のわきの細道へ入る。そこからが、例の“暗い道”だ。街灯はある。だが、間隔が空きすぎていて、道の途中からは、闇が勝っている。その闇...
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#211 名探偵の探しもの

探偵・御堂零士みどうれいじと初めて会ったのは、僕が働くカフェ「雨宿り」でのことだった。その日も静かな午後だった。雨が降り出したので、僕は表の看板を引っ込めようとしていた。そこに、濡れたトレンチコートを着た男がふらりと現れた。「温かい紅茶を」...
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#210 究極の鼻ティッシュ選手権

ある朝、僕は唐突に鼻血を出した。それは突然で、理由もなく鼻の奥から温かい感触が流れ落ちてきたのだ。慌てて洗面所に駆け込み、急いでティッシュを取って鼻に詰め込む。鏡を見てみると、鼻から白いティッシュの塊が不格好に飛び出している。まったく美しく...
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#209 殺人犯の声

その能力に気づいたのは、駅のホームだった。残暑の厳しい日差しの中、僕は自動販売機でコカ・コーラのペットボトルを買った。シュッと開けた蓋の音と共に、炭酸が弾ける音が心地よく耳に響いた。「……電車遅いな、また遅刻しちゃうよ」誰かが呟く声が聞こえ...
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#208 約束の庭

午後三時、町外れの公園は、夏の匂いに包まれていた。僕は汗ばむ手のひらでサッカーボールを拾い上げ、適当に芝生に向かって蹴り戻した――つもりだった。乾いた音とともに、ボールは明後日の方向に飛んでゆく。「取ってこいよ!」友達が冗談まじりに叫ぶ。「...
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#207 夢で見た城

最初にその城を見たのは、三夜前の夢の中だった。高い塔、深い堀、月明かりに照らされる石造りの回廊。人影はどこにもなく、静寂だけが城の隅々にまで満ちていた。目が覚めると、城のことが妙にはっきりと記憶に残っていた。夢にしては現実的すぎた。石の冷た...
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#206 スキルチェック相談所

「あなたのスキル、無料で診断します――。」古びた木製看板に書かれた文字を眺めながら、僕はため息をついた。冒険者ギルドの試験を三回連続で落ちた帰り道だ。試験官の表情を思い出すと、胸が苦しくなる。戦士志望だが力は並以下。魔法も苦手。特別なスキル...
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#205 願いを叶える水差し

その水差しは、駅裏の薄暗い古道具屋の棚に、ぽつんと置かれていた。釉薬の剥げた陶器に、幾何学的な模様。ひび割れた注ぎ口が、妙に気になった。「使えるよ。一滴で、なんでも願いが叶う」店主はそれだけ言って微笑んだ。どういう意味なのかよくわからなかっ...